【 猪苗代・中ノ沢温泉 】 流れ着いた男...温かい名湯と人情とりこに

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昭和の雰囲気を残した中ノ沢温泉。近くの沼尻スキー場の利用客も汗を流しに訪れる

 猪苗代町の山あいにある中ノ沢。国道115号から山側に入ると、昭和の雰囲気を残した温泉街が現れる。温泉は「単一湧出口源泉」としては湧出量日本一を誇る名湯だ。安達太良山中を源泉に約250年の歴史を持つ温泉は湯治場として多くの訪問者を癒やし、受け入れてきた。

 1922(大正11)年、温泉町にひとりの男が流れ着いた。岩本善吉。浅草で腕を磨いた木地師だ。中ノ沢で放浪生活のわらじを脱いだ。翌23年には喜多方にいた家族を呼び寄せた。腕のいい木地師としてだけでなく、便利屋として地域に重宝された。旅芸人の一座にいた経験も役に立ち、座敷で逆立ちして踊る善吉は一躍温泉街の人気者になった。破天荒で気難しい善吉が住み着いた理由を「温泉のように温かく、気持ちよく受け入れられたこと」と地元の人々は誇らしげに語る。中ノ沢で善吉から木地の手ほどきを受けた者も多く、地域に欠かせない存在となった。

 ◆愛称たこ坊主

 善吉が中ノ沢に残したもので最も有名なものは中ノ沢こけしだ。見開いた目や大きな鼻などのデザインが特徴。全国でも珍しく男の子がモデルとされ「たこ坊主」の愛称で親しまれている。伝統こけしの土湯系亜流として分類されているが、距離が近いだけで、外見はまるで違う。中ノ沢こけしには全国を渡り歩いてきた善吉の技術とオリジナリティーが生きる。

 中ノ沢こけしは息子の芳蔵をはじめ、県内各地の工人たちに受け継がれ、現在中ノ沢に工人はいなくなったが、善吉の孫に当たる戸内照子さん(86)は今も中ノ沢の住人。「共同浴場があった時代から家族で入った。今も毎日温泉に行くよ。ご近所みんな仲良しだった」と父芳蔵の作ったこけしを手に子ども時代を振り返る。

 中ノ沢には新たなよそ者もいる。千葉出身の吉井和磨さん(25)。祖母の代から温泉の常連だった。今は移り住んだ猪苗代町で地域おこし協力隊として観光誘客を担当している。温泉をアピールするために銭湯絵師のライブパフォーマンスや有名写真家による出張撮影など次々と企画を手掛けている。

 「昔ながらの日本を感じる場所。とにかく一度来てほしい場所。都会にない人情がある」と吉井さん。硫黄の香りとともに、善吉らを引き付けた温泉のような温かさは今もきっと残っている。

猪苗代・中ノ沢温泉

 ≫≫≫ ちょっと寄り道 ≪≪≪

 【意味深なおみくじが人気】中ノ沢温泉の旅館、磐梯西村屋には、変わったおみくじがある。チューインガムの自動販売機に100円を入れると、木片が出てくる。手書きの意味深なフレーズが面白いと、若い旅行者の間で人気になっているという。おみくじは猪苗代町地域おこし協力隊の国分健一郎さんの手作り。

猪苗代・中ノ沢温泉

〔写真〕味のある言葉が付いてくるおみくじ。若い観光客に人気の珍スポットだ