回想の戦後70年 スポーツ編−(1)高校野球

(数字はいいね)  このエントリーをはてなブックマークに追加 

 1971(昭和46)年8月16日。第53回全国高校野球選手権大会(夏の甲子園)決勝が行われたその日は、本県のみならず、全国の高校野球ファンが熱狂した。"小さな大投手"田村隆寿さん(63)らの活躍で勝ち進んだ磐城高は神奈川・桐蔭学園と対戦。惜しくも0--1で敗れたが、体の小さな選手たちが次々と強豪を打ち破って決勝の舞台に立ち、堂々と戦った姿は、県民に大きな希望をもたらした。

     ■

 くしくも、いわき市の常磐炭砿磐城砿業所が閉山したのも、この年だった。「石炭は戦後復興のエネルギー」のスローガンの下、政府は46年、石炭産業に資材、資金を重点的に投入する傾斜生産方式を導入、大増産を図ったことから、石炭は戦後復興から高度経済成長期にかけて最も重要なエネルギー源となった。いわき市常磐地区などを産炭地帯としていた常磐炭田は本州最大で、大いに栄えた。

 だが、安い石油の流入によるエネルギー革命で、石炭産業は50年代半ばごろから衰退していく。磐城砿業所閉山は、その象徴的な出来事だった。当時、いわき市平にあった職業安定所は、職を求める市民らで大変な混雑だったという。

 「甲子園に出場した選手の中にも、両親のどちらかが常磐炭砿に勤務していた人が4人いた。その選手からは『景気が良くない』という話を聞いていたので大変だったと思う」。磐城高準優勝メンバーだった先崎史雄さん(61)=須賀川市=は当時を振り返る。閉山は、快挙を成し遂げた選手やその家族にも影を落としていた。

 「炭鉱閉山は大きなショックだったし、それで街がぺしゃんこになった。しかし、磐城高の活躍は(沈んでいた)いわき市民を大いに励ました」と話すのは元常磐交通地域開発交流課長の瀬川寛さん(70)=いわき市。決勝のころは常磐交通観光に勤めていて、決勝応援バスツアーに添乗員として同行した。

 夜行で甲子園に向かい1泊する4台ほどのバスツアー。しかし、準決勝が終わった8月15日、平駅(現いわき駅)を出発すると、瀬川さんには思いもよらないことが次々に起こった。

 平駅から勿来まで、国道6号の沿道にはバスを見送る大勢の人たちが途切れなく並び、手を振ってくれたのだ。バスの前に突然現れて手を広げて止め、バスに乗せるよう求める男性もいた。「地元の人たちのあまりの熱気に驚いた」

 バスは東京に差し掛かった。昭和通りを走っていると、左車線を走行中のバスに、右車線からトラックが次々と近寄ってきた。トラックの運転手からは「磐城高校頑張れよ」「絶対優勝するから」などと声援が飛んだ。新聞配送車も走ってきて、運転手が「優勝目指せ磐城高校」の見出しが付いた新聞を渡してくれた。

 声援をくれたトラックは東北や北陸など地方ナンバーで、その数は約40分間で十数台にも上った。瀬川さんは「危なかったが、思わぬ声援には感動した。全国の人たちが(磐城高を)応援してくれていると実感した」と昨日のことのように思い出す。

 夢の決勝は終わった。ツアーの一行は宿泊先のビジネスホテルに着いた。それでも、敗れて悲しい顔をしている人は誰もいなかった。「勝ったも同然だった」(瀬川さん)という雰囲気。その夜は、まるで優勝したかのような盛り上がりで大宴会が繰り広げられた。

 地元いわき市をはじめ県内、東北に大きな勇気をくれた磐城高ナインのプレー。その快挙から44年がたった。社会人野球や高校野球指導者の道を歩んだ先崎さんは「自分にとっては大きな功績」と話す一方、「過去のことなので早く乗り越えてほしい」という思いも明かす。

     ■

 今年の夏の甲子園も、仙台育英(宮城)が東北勢初優勝に王手をかけた決勝で、またもはね返された。県勢は、磐城高のあの夏を越えられないでいる。先崎さんは「今後、優勝旗を持って帰ってくるのが楽しみ」と、本県代表の初優勝の時を心待ちにしている。

 第53回全国高校野球選手権大会 1971(昭和46)年8月7〜16日に兵庫県西宮市の阪神甲子園球場で開催。磐城は初戦の2回戦で優勝候補の日大一(東京)と対戦、1--0で勝利した。準々決勝の静岡学園(静岡)戦を3--0、準決勝の郡山(奈良)戦を4--0と田村隆寿投手の3試合連続完封で勝ち抜いた。決勝の桐蔭学園(神奈川)戦では、緊迫した投手戦となったが、七回に痛恨の失点。0--1で敗れた。県勢の準優勝は初めてだった。

 福島県勢の夏の甲子園 福島師範が1934(昭和9)年、前身の第20回中等学校優勝野球大会に初めて出場。戦後は福島商が51年に初出場して以降、50年代の本県高校野球をリードした。磐城は63年に初出場で県勢初勝利を挙げると、71年までに4回出場するなど強さを見せた。70年代半ばから学法石川、安積商(現帝京安積)、日大東北が台頭、私学の時代が到来した。その後、聖光学院が2007年以降、全国で戦後最多となる9年連続出場を達成。このほか保原、双葉、郡山北工、郡山、光南が出場している。県勢の夏の甲子園での通算成績は31勝54敗。