【編集日記】(10月4日付)

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 誤解や曲解されるような表現、あいまいな言い回しを排して事実を正確に伝えることを職業とする身として、どうしても抵抗を感じる言葉がある。「ぼかし言葉」である

 ▼文化庁の2014年度国語に関する世論調査では、「わたしは」を「わたし的には」、「話をしていた」を「話とかしていた」と言う事例を挙げ、若者たちを中心にこれらの言葉の使用割合が増えているという結果が出た

 ▼あいまいさを避けようとすると、一つの言葉だけでは伝えきれず、別の言葉を添える必要も出てくるが、その面倒さを嫌うのだろうか。「的」について「問題な日本語」(北原保雄編、大修館書店)は、話し手にとっては楽な表現だが、聞き手には正しく伝わらない表現―と指摘する

 ▼日常で使われる言葉を積極的に収録することで知られる「三省堂国語辞典」。「ことばの変化した部分については"鏡"としてすばやく写し出すべきだと考えます」と第3版序文に掲げ、ぼかし言葉の用例を載せる

 ▼時代を映し出す「鏡」だからこそ言葉の影響力は大きい。普段の会話がぼかし言葉であふれかえることはないだろうが、あいまいな人間関係が広がったその先を想像すると少々、気掛かりにはなる。