【編集日記】(11月23日付)

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 「空前の大盛観 観衆摺上の両岸を埋む」。1915(大正4)年11月23日、福島市飯坂町の摺上川に架かる十綱橋(とつなばし)が開通した。翌日の本紙朝刊は、開通式の様子を大きく扱い、地域住民が待望した橋の誕生を伝えた

 ▼現在の橋になる前は木製のつり橋で、明治初期に造られた。渡し船に頼っていた人の往来は、格段に利便性が向上した。与謝野晶子は「飯坂のはりがね橋に雫(しずく)するあづまの山のみずいろのかぜ」と、当時の橋を詠んでいる

 ▼木製橋の老朽化に伴い架け替えが決まったが、当時最先端だった鋼アーチ橋の工事は難航したという。特に鋼材は、第1次世界大戦の影響で欧州からの輸入ができなくなった

 ▼おととい、同市で開かれた記念シンポジウムで講演した五十畑弘日大教授は「当時は八幡製鉄所も十分に鋼材を供給できなかったはず。どこから90トンも調達したのか興味深い」と話す。本県が誇る温泉街の整備に、先人も並々ならぬ苦労をしたのだろう

 ▼十綱橋は地域のシンボルとなり、後世に残す価値があるとして土木遺産にも認定された。開通100年のきょうは、現地説明会が開かれる。参加して、今も昔も変わらない「みずいろのかぜ」に吹かれてみてはいかが。