【編集日記】(11月25日付)

(数字はいいね)  このエントリーをはてなブックマークに追加 

 福島県境に近い山形県側の五色温泉に1913(大正2)年1月、付近の地形がスキーの練習に適しているとして外国人約20人がスキーを楽しんだことを当時の本紙が伝えている

 ▼その2年前、新潟県上越市にあった陸軍歩兵連隊が日本では初めてオーストリア・ハンガリー帝国軍人からスキー技術の手ほどきを受けた。その後、民間にもスキー熱が広がっていったという。記事からは関心の高まりがうかがえるようだ

 ▼山を愛した哲学者として知られる串田孫一もスキーを楽しんだ。「今年の初スキーは何処(どこ)にしようか、そう言いながら私たちは高いビルディングの屋上から背のびをするような恰好(かっこう)で山の色を気にかけていた」などと「山のパンセ」にある

 ▼二十四節気の「小雪」も過ぎた。もっと気温が低くなって山では雪になってもいいころだが、寒さはまだそれほどでもなさそう。そろそろ多彩なコースが楽しめる県内の各スキー場もまとまった雪が欲しいころだ

 ▼串田は「『お上手なんですか』と訊(たず)ねられるのも困る。まるっきり下手で、ちょっと滑れば必ずころび...とまることも出来ないなら返事は簡単である」とも書いた。達人も初心者も「山の色を気にかけて」いるだろう。