【11月28日付編集日記】女優とぬくもり

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 訃報が伝えられた昭和を代表する女優原節子さんが出演した映画のうち、市井の人々を描いた小津安二郎監督の作品は、名作との評価が高い

 ▼その一作「東京物語」は戦後の家族を描いた。原さん演じる嫁紀子は、夫の戦死から数年が過ぎても独り身でいる。その嫁を、故笠智衆さんふんする義父周吉は、あなたはいい人だから、息子のことは忘れ嫁にいってくれ―と気遣う

 ▼この言葉に対し紀子は、夫を忘れる日も多い、心の隅で何かを待っている、そんな自分は、いい人ではなく狡(ずる)いのだ―と胸の内を絞り出す。だが義父はこう言う。「やっぱりあんたはええ人じゃよ、正直で...」。紀子は「とんでもない」と応える

 ▼教育学者の斎藤孝さんは著書「心の琴線にふれる言葉」で、このやりとりを取り上げている。決してべったりではなく、しかし他人行儀でもなく、ぬくもりが通い合う微妙な距離感。それが小津作品のスタイルと言う

 ▼その後、原さんは1962(昭和37)年に42歳で引退すると、亡くなるまで映画界やマスコミと一切交流を持たず沈黙を貫いた。華やかな世界の幸福ではなく、小津作品で描かれたと同じような、静かな日常の確かなぬくもりを求めたのかもしれない。