【12月16日付編集日記】漱石と電話

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 東京、名古屋間など国内の大都市を結ぶ長距離電話の取り扱いが開始されたのは明治20年代という

 ▼当時の利用者は軍隊、官公庁、大会社など。自宅へ引けたのは大きな商家や大地主。電話がない者は電話局へ呼び出してもらう方法があり、後に、未加入者の局への呼び出し料は1回10銭と定められた(「百年前の家庭生活」クレス出版)

 ▼夏目漱石が伊豆・修善寺で吐血し、一時危篤に陥った1910(明治43)年、漱石の自宅にも電話はなかった。現地からの電報を受けた家族が近所の家の電話を借りたり、現地と電報でやりとりしたことを妻、夏目鏡子が「漱石の思い出」(角川文庫)で語っている

 ▼漱石自身はその後、自宅に引いた電話でたびたび、問題を起こしている。ベルが鳴るのを大変気にし、かかってきた電話を切ってしまったり、間違い電話の時は交換手を呼び出してやりこめるなど電話を邪魔にした。このため、電話は離れに移すことになったという

 ▼漱石が亡くなったのは16(大正5)年12月9日だった。その後、電話は進化し続けて、携帯電話やスマートフォンも出現した。邪険どころか、片時も離せないという人も少なくない。賢い付き合い方が求められている。