【1月29日付編集日記】秀吉

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 豊臣秀吉が大軍を動員し、北条方の本城・小田原城の包囲体制を構築する中で母親や妻、養子たち家族のことを気に掛けた自筆の手紙が残る。全国制覇を目前にした大事な時期だ

 ▼妻の「おね」に宛てて書かれた私信。「そなたより久しく御訪れなく候まゝ、御心もとなく思ひまいらせ候て、わざと筆を染め申し候...大政所殿・そもじ・若君・小姫・金吾息災に候や...」などと書き綴(つづ)っている

 ▼訳は「このところ、そちらからの手紙がきておりません。そなたの手紙が久しくないものですから心配になって筆を染めました」となる。家族思いの秀吉らしさがにじみ出ているという(小和田哲男著「戦国武将の手紙を読む」中公新書)

 ▼家族に対しては細やかな心配りを見せている秀吉だが、軍事面でもかなり細かかったようだ。親密な関係にあった重臣に対しても詳細な指示を出し、たびたび叱責(しっせき)していたことなどが、修復された公的文書の解読によって読み取れたという

 ▼仕事を任せてはいても自分で指示を出さないわけにはいかない秀吉の性格が表れているそうだ。「細やかさ」は心配りといえるだろう。「細か」ければ時には嫌われもする。巧みに使い分けてこその天下人なのだろう。