【4月2日付編集日記】安達太良山

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 家族や友人、恋人など大切な人と共に眺めた「思い出の風景」は、誰にでもあるのではないか。詩人高村光太郎と、「智恵子抄」のモデルとなった妻智恵子にとっては、安達太良山の景色がその一つだったろう

 ▼〈あれが阿多多羅山 あの光るのが阿武隈川 ここはあなたの生れたふるさと〉。光太郎は二本松市の智恵子の実家を訪ね、裏山から安達太良山を一緒に眺めた。詩「樹下の二人」は、そのとき夫婦で過ごしたかけがえのない記憶を描いたものだ

 ▼きょうは、光太郎の没後60年の命日に当たる。来月20日には智恵子の生誕130年を迎える。ことしは、二人にとって節目の年だ

 ▼光太郎が「樹下の二人」を収めた智恵子抄には「智恵子の半生」の一編もあり、そこには〈彼女の清純な態度と、無欲な素朴な気質と、限りなきその自然への愛とに強く打たれた〉と、光太郎が智恵子に抱いていた思いがつづられている

 ▼光太郎の「思い出の風景」は、智恵子にとっては愛する古里そのものの姿だ。過ぎゆく年月にかかわらず安達太良山の美しい稜線(りょうせん)は、いまも見る人を楽しませてくれる。目を転じると阿武隈川が悠久の流れをたたえている。そんな古里をいつまでも守っていきたい。