【7月6日付編集日記】鼻毛の滝

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 明治時代の俳人正岡子規が、松尾芭蕉の「奥の細道」の足跡をたどり、本県を旅したのは1893(明治26)年7月。子規は「はて知らずの記」に「殆(ほと)んど炎熱に堪へず」と記す。当時も福島はかなりの暑さだったらしい

 ▼飯坂温泉を訪れた子規は、旅館で旅の疲れを癒やし、温泉街の情緒に浸った。旅館が軒を連ねる街で、建物の間から摺上川に注ぐような滝を目にして「すゝしさや滝ほどばしる家のあひ」と詠んだ。暑さの中、眺めた滝は、さぞや冷ややかだっただろう

 ▼子規が句を詠んで「奇景なり」と感嘆したのは、地元の地名にちなみ名付けられた現在の「鼻毛の滝」。滝の周囲に生い茂った樹木などで長年、眺めが阻まれて、ほとんど滝の姿が見えず「幻の滝」となっていた

 ▼地元有志らが先月、滝を覆い隠していた木々を刈り払い、対岸からかつての眺めを復活させた。子規の俳句に登場する滝として、案内板設置など観光名所としてのアピールを検討するという

 ▼「昔は子どもの遊び場だった」と、地元のお年寄りは幼い頃に見た滝周辺の情景を懐かしむ。住民には身近な存在だった「鼻毛の滝」。今度は新しい観光スポットとして、多くの人に注目されるようになればいい。