【10月8日付編集日記】下田歌子の教え

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 喜多方市出身の瓜生岩子が亡くなってから来年で120年を迎えるのに当たりその功績を見直そうという機運が高まっているとの記事を読んだ。子どもの教育や孤児救済などに尽力した岩子の精神は、現在も受け継がれているようだ

 ▼明治時代の教育者、下田歌子も岩子の生き方に影響を受けた一人。歌子は、東京・浅草寺にある岩子像の台座に「岩子は菩薩(ぼさつ)の化身だ」との碑文を刻んでいる

 ▼歌子は岩村藩(岐阜県)の藩士の家に生まれた。貧しかった子ども時代は和歌や漢詩などに励み、その才能が認められて宮中に仕えた。歌人としても活躍し、福島市渡利には阿武隈川の情景を詠んだ歌の碑も残る

 ▼欧米に留学し、全ての女性が教育を受けることの大切さを学んだ歌子は、帰国後に実践女学校(現・実践女子大)や夜間女学校、保育所などを開いた。当時は「女だてらに」と批判されたが物ともせず、女性が学び働くための環境づくりに奔走した

 ▼「まことに揺籃(ようらん)を揺(ゆる)がすの手は、以(もっ)て能(よ)く天下を動かすことを得(う)べし(ゆりかごを揺らす女性の手こそが社会を変える力になる)」との言葉を残した歌子は、今日が没後80年。女性が輝く社会づくりに向け先人たちから学ぶことは多い。