【10月23日付編集日記】田部井淳子さん

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 夜明け前の登山道は、山頂を目指す者たちのヘッドライトが光の流線を描いていた。「ほら、ゆっくりでいいの。しっかりと足を前に出すことが大切だよ」。その女性は、小柄な体には似合わない大きな声で若者たちを励ましていた

 ▼声の主は、登山家の田部井淳子さんだ。田部井さんは被災した古里の若者たちを元気づけようと、2012年から毎年、東北の高校生を招いて富士登山を行ってきた。一昨年の夏、同行取材をさせてもらう機会に恵まれた

 ▼田部井さんは当時、すでにがんを患っていたが、足取り軽く登っていく。道中では、小学生時代の初登山の思い出話を披露するなど、明るいムードをつくり出し、若者たちの背中を押した

 ▼86人の参加者の中には、原発事故のため古里を離れて暮らす生徒もいた。登山途中では、体調不良で動けなくなる生徒も相次いだ。それでも励まし合い、全員が登頂を果たした。若者たちと抱き合って喜ぶ田部井さんの姿が印象的だった

 ▼田部井さんが亡くなった。「生きることは山登りと同じ。一歩一歩登っていけば、必ず夢はかなう」。富士登山で田部井さんはそう話していた。人生という山を登り始めた若者たちに道しるべを残してくれた。