【10月30日付編集日記】会津身不知柿

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 磐越道を新潟方面に向かっていくと、左手に小高い山々に囲まれ、田んぼが点在する街並みが広がってくる。作家司馬遼太郎が紀行集「街道をゆく」で「豊かでありつづけた」とつづった会津盆地だ

 ▼猪苗代湖や阿賀川の水に恵まれた肥沃(ひよく)な土地は、四季の移り変わりとともに豊かな農産物を生み出し、会津の人たちを育ててきた。コメは食味ランキングの最上級ランクの常連。「米1俵」を贈る湯川村のふるさと納税には全国各地から寄付が殺到する

 ▼豊かな盆地は、一方で冷害との闘いを強いられてきた。皇室への献上柿として知られる特産の会津身不知(みしらず)柿。甘くとろりとした舌触りは人気が高く今年も収穫が始まったが、例年と様相が違っている

 ▼4月の凍霜害で収穫量が減り、主要生産地の会津若松市では例年の約6割減になるという。多くの生産農家では一箱の大きさを制限しながら、より多くのお客さんに届けられるよう対応している

 ▼冷害に加え、生産者にとっては東京電力福島第1原発事故による風評との闘いが続くが、光明も見えてきた。途絶えていた会津身不知柿の輸出が1日、6年ぶりに再開される。会津の極上の秋の味覚を一人でも多くの人たちに味わってほしい。