【11月2日付編集日記】明太子産業生みの親

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 スケトウダラは産卵期の11月からが旬の季節。鍋料理の主役になったり、すり身にして魚肉ソーセージの原料などに幅広く使われたりして家庭の食卓で親しまれている

 ▼お隣の韓国ではスケトウダラは代表的な魚の一つ。昔から「明太」と呼ばれ、漁獲が盛んだった。塩辛く漬けた明太の卵は漁場に近い地域から広がり、やがて「明太子」として普及した

 ▼旧会津藩士の家に生まれ、後に「明太子産業生みの親」と称された樋口伊(い)都(づ)羽(は)が、現在の韓国・釜山に明太子製造販売の樋口商店を開業したのは約110年前。元水産大学校教授の今西一さん(89)らの著書「明太子開発史―そのルーツを探る」では、明太漁業に関わった伊都羽が、漁民の自家用程度にしか使われない明太の卵を見て商品化したと伝えている

 ▼樋口商店の明太子は人気を呼び、急速に事業が拡大した。終戦で日本に引き揚げるまで隆盛を極めたという。不遇にあった明治期の旧会津藩士の家から新天地に渡り業績を上げた伊都羽を知る人は少ない

 ▼伊都羽と親交があった今西さんが会津若松市で講演し「伊都羽を忘れないでほしい」と語った。激動期を生きた伊都羽に思いをはせると、いつもの明太子も味に深みが増す。