【11月24日付編集日記】会津と仙台の絆

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 明治維新の動乱期に東北各藩が結成した奥羽越列藩同盟は鳥羽伏見の戦いに敗れて窮地に立った会津藩の救済が目的だった。仙台藩などが会津藩への寛大な対応を新政府側に嘆願したが聞き入れられず、戊辰戦争の悲劇につながった

 ▼郡山市の作家星亮一さんは著書「奥羽越列藩同盟」で、仙台藩士玉虫左太夫(たまむしさだゆう)が藩の使節として会津を訪れ会津藩主松平容保(かたもり)と面会した逸話を紹介。玉虫は「士気列国に勝れ、諸藩ことのほか相羨(あいうらや)み申し候由」と会津藩を高く評価したという

 ▼会津と仙台の絆は時を超えて今、教育旅行に受け継がれた。2015年度に宮城県から会津若松市を訪れた学校は300校以上。県外から教育旅行で訪れた学校全体の約半数を占めた。東日本大震災と原発事故の影響で減った教育旅行の回復を支える

 ▼会津―仙台間の高速バスの新ルートとなる会津若松・福島―仙台空港線の運行が始まった。1日3往復で、会津若松と同空港を3時間15分で結ぶという

 ▼仙台空港には国内線とともにソウル、北京、台北、グアムなどの国際線が就航する。空港直通の高速バスは国内外からの誘客効果が期待できる。仙台地域との新たな絆は会津の観光再生をさらに前に進めるだろう。