【1月6日付編集日記】会津藩士の手紙

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 老いた親と子どもたちをよろしく頼む―。149年前、夫が離れて暮らす妻に宛てた手紙には、今の時代と変わらない家族への思いやりがにじんでいる

 ▼差出人は、会津藩の若年寄手代木直右衛門。戊辰戦争で同藩が西軍に敗れた約1カ月後、直右衛門の謹慎先、猪苗代から出された手紙を妻喜与子が手記「松の落葉」に記している

 ▼こうした手紙は、この時期多く交わされたことだろう。戊辰戦争で若松城下を逃れた藩士の家族らの避難名簿にあたる史料が、会津若松で見つかった。3591の家族が、各地の農家などへ身を寄せ、謹慎になった夫や父、子らと離ればなれの暮らしを余儀なくされたという

 ▼一家の離散は会津藩の斗南(現青森県むつ市)転封で解消されていくが、多くの家族は移住した斗南でさらに厳しい生活を経験した。この歴史に東日本大震災以降多くの住民が避難を続ける今が重なる

 ▼その後明治の会津からは社会福祉運動の先駆者瓜生岩子や日清・日露戦争で篤志看護婦になった新島八重など、弱者のため尽力する女性らが登場した。苦難がその原点といわれる。苦しさを知る者だからこその思いやり。それを先人同様形にしていくことが、私たちの役目だろう。