【6月24日付編集日記】八橋検校

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 いわき市平の小太郎町公園に石碑がひっそり立っている。磐城平藩の生まれといわれる天才箏曲家の八橋検校(やつはしけんぎょう)(1614~85年)を顕彰する碑だ。検校は、貴族や武士の音楽だった筝を庶民も楽しめる芸術に発展させた

 ▼検校は幼い頃から目が不自由だったが江戸に出て三味線の演奏者として名を高めた。さらに九州・筑紫で箏曲を学び、気品漂う演奏をつくり出した。俳人で、芸術を愛した3代目磐城平藩主の内藤風虎とも深い縁で結ばれていたという

 ▼検校は、音楽の教科書にも載っている「六段の調べ」など数々の箏曲を作り、現代まで続く生田流や山田流を創始する弟子たちも育てた。京都土産の「八つ橋」は検校の名が由来で、その形は琴をかたどったとの説もある

 ▼大きな足跡を残した検校の命日は今月12日だが、碑を訪れる市民の姿はまばらだった。以前は市内の音楽愛好者らでつくる顕彰会が慰霊祭を行っていたが、会はメンバー減少のため数年前に解散したという

 ▼かつて、JRいわき駅周辺は朝夕「六段の調べ」が流れていた。当時を知る市民からは懐かしむ声も聞かれる。郷土ゆかりの偉人に改めてスポットを当てれば、まちづくりに新たな音色が響くかもしれない。