【8月10日付編集日記】向井流水法

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 人には得手不得手がある。育った環境による部分も大きいため、山に囲まれた会津盆地で育った会津藩士に泳ぎが得意というイメージはない。だが、それは間違いで、会津藩士は意外に泳ぎが上手だったようだ

 ▼少し足を延ばせば広い猪苗代湖があるが、会津藩士が泳ぎをマスターしたのはその場所ではない。日本最古のプールとされる会津藩校「日新館」の水練水馬池。会津藩士はそこで向井流水法を習得したのだという

 ▼きっかけは樺太警備や江戸湾警備だ。そこで必要性を痛感した会津藩は水練に力を入れた。向井流水法は溺れず泳ぎ続けるための水法で、現代のクロールや平泳ぎとは全く違う。顔は常に水面から出ており、目標から目を離さない敵前水法ともされる

 ▼体を無理に水から出さないのは、体力の消耗を少なくするためとも、敵の目標になりにくくするためとも言われる。実用的なところに会津藩士の愚直さが感じられる

 ▼戊辰戦争に敗れ、本州最北の地でつらい生活を余儀なくされた会津藩。いつしか向井流水法を伝える人もいなくなったが、今も会津や会津藩士が渡った北海道小樽には熱心に向井流水法を伝える人々がいる。会津の魂が長く受け継がれることを願う。