【12月20日付社説】原発事故避難/過酷な実態を防災の教訓に

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 何が起きたのか、どこへどうやって避難したらいいのか。情報が入らず不安にさいなまれながら住民が逃げ惑う、あのときの状況を二度と起こしてはならない。

 内閣府が公表した東京電力福島第1原発事故に伴う避難の実態調査から、当時の情報伝達の混乱ぶりがあらためて浮かび上がった。

 調査は事故から3年余りが経過した2014(平成26)年2月から5月にかけて実施した。

 原発事故で避難指示が出された県内12市町村と、隣接する10市町村の計22市町村から避難した約6万世帯の世帯主が対象。このうち約2万人から有効回答を得た。

 調査結果では、原発事故発生当日の11年3月11日に政府が出した原子力緊急事態宣言や避難指示(第1原発から半径3キロ圏内)を翌12日までに知ることができた住民は、いずれも2割未満にとどまっている。

 政府は避難指示の対象区域を順次広げていったが、12日午前の半径10キロ圏内の避難指示、1号機原子炉建屋が水素爆発した後の同日午後に出した半径20キロ圏内の避難指示のいずれも、当日中に知った住民は4割に満たなかった。

 原発の危機的な状況が刻一刻と深刻化していく中で、重要な情報が、大勢の住民に伝わっていなかったということだ。

 地震や津波の被害によって、住民が情報を入手する手段が途絶えたことを理由にしてはならない。

 政府と東電、県、市町村のそれぞれの間で情報伝達が混乱したのは、これまでの国会などの事故調査委員会の調査で明らかだ。

 内閣府は、避難指示が出された12市町村や県警などからも当時の状況を聞き取り調査した。

 その結果、「テレビで避難指示を確認した」「どの地区が避難指示に当たるか判断が難しかった」といった回答が寄せられた。

 市町村の多くに国や県からの情報が届かず、独自の情報収集と判断を余儀なくされた実態があらためて報告された。

 実際の避難が混乱したことも再度確認したい。調査では「福祉施設入所者らの受け入れ先の確保が進まず搬送支援に時間がかかった」(県警)との回答があった。

 病院の入院患者が避難中に命を落としたり、避難した地域にも避難指示が出され多くの住民が避難先を転々と移る事態にもなった。

 内閣府は調査結果を今後の原子力防災に反映させる考えだ。大事なのは過酷な広域避難を強いられた原発事故の教訓をどう生かすかだ。政府と県、市町村が連携して克服しなければならない課題だ。