【1月31日付社説】慧日寺周辺整備/資源生かしにぎわい創出を

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 平安初期、南都(奈良)から訪れた高僧の徳一(とくいつ)によって磐梯山の麓に創建された慧日寺(えにちじ)。会津仏教文化の発祥の地といわれる。

 壮大な規模の伽藍(がらん)を備え、栄華を誇った慧日寺の門前に、にぎわいをつくり出す。そんな磐梯町の計画が、実現に向けて動きだす。
 町は、国指定史跡・慧日寺跡周辺の景観づくりなど、今後のまちづくりをまとめた計画を国に提出し、認定を受けた。

 慧日寺がもたらした恩恵ともいえる観光資源を地域活性化に生かし、地方創生へとつなげたい。

 計画期間は新年度から2025年度までの10年間。町は、門前町だった本寺地区と、宿場町の名残がある大寺地区の計約150ヘクタールを重点区域に指定し、町並み整備や文化遺産の調査、伝統行事の継承に向けた支援などを行う。

 本寺地区では、県道から史跡前に続く参道を石畳風に改修したり、史跡前を流れる小川の護岸を石積みにするなど門前町の風情をつくり出す。町は、参道沿いの民家の屋根や外壁、石垣なども改修して、景観を統一したい考えだ。

 改修の対象となる民家は約80世帯で、町はこれから住民と本格的な協議に入る。計画を実現するには住民の協力が欠かせない。町は、住民に事業の意義と内容を丁寧に説明し、より多くの人々の理解を得られるよう努めてほしい。

 慧日寺跡は現在、金堂や中門が再現され、観光名所となっている。しかし来場者は、金堂が復元された08年の約7万人をピークに減少しており、昨年は約1万3000人だった。

 町は今後、建物遺構の伽藍や、金堂内に安置されていた薬師如来坐像の復元などを進めて展示の充実を図り、来場者の増加を目指す。

 町内にはスキー・ゴルフ場や道の駅、19軒が立ち並ぶペンション村など観光の拠点がある。こうした場所を情報の発信基地にして、観光客に慧日寺ゆかりの地を巡ってもらうのも方策の一つだろう。

 徳一は、布教で会津各地を巡り、民衆から「徳一菩薩」と称され親しみを持って迎えられた。慧日寺のほかにも湯川村の勝常寺や柳津町の円蔵寺など多くの寺院を建立したと伝えられる。会津が「仏都」と言われるゆえんだ。

 会津地方の17市町村は今年、「仏都会津」を軸にした文化財群を、文化庁の「日本遺産」に申請する考えだ。認定されれば、幕末だけにとどまらない、会津の奥深い歴史を広く発信する機会になる。磐梯町の景観整備が始まることで、認定の実現に弾みがつくことを期待したい。