【2月26日付社説】炉心溶融判断遅れ/正確な情報伝達の徹底誓え

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 東京電力福島第1原発事故の発生当初、東電や政府のあいまいな情報公開の姿勢にどれほど、県民が翻弄(ほんろう)されただろうか。

 1~3号機で原子炉の核燃料が溶け落ちた「炉心溶融(メルトダウン)」を東電が認めたのが、事故から2カ月たってからだった。

 それまで東電は、起きている事態を炉心溶融に陥る前段階の「炉心損傷」と説明してきた。

 その説明が誤りだったと、事故から5年が経過するいまになって東電が発表した。

 炉心溶融に当たるかどうかの判断基準があったにもかかわらず、見過ごしていたというのだ。しかも今月になって、ようやく基準があったことが判明したという。

 極めて遺憾だ。過酷事故に際しての東電の備えの不十分さがあらためて露呈した。危機的な事象が次々と起こる混乱の中にあったにせよ、正確な判断をできずに事態を過小評価していたことになる。

 事故現場では炉心溶融を想定した対応が取られ、東電は「事故収束作業への影響はなかった」としているが、結果的に事態の重大性が地元に伝達されなかった。

 東電には、社内の情報共有や外部への情報公開の不十分さを何度も見せられてきた。隠蔽(いんぺい)体質への不信感も根強くあることを再認識しなければならない。

 炉心溶融の判断基準は、東電本社が管理する原子力災害対応マニュアルに、炉心損傷割合が5%を超えていれば、炉心溶融と判定すると明記されていた。

 損傷割合について東電は事故から4日目の3月14日時点で1号機で55%などと推定できていた。基準に照らせば、この段階で炉心溶融と判断できていたはずだ。

 判断のあいまいさには当時の首相官邸の影響も大きいだろう。事故発生翌日の3月12日の記者会見で「炉心溶融がほぼ進んでいる」と言及した原子力安全・保安院の会見担当者が更迭され、その後、政府や東電の担当者からは慎重な発言が目立つようになった。

 政府内に迅速な情報公開要請と正確性の確保のせめぎ合いがあったことが民間事故調の調査で明らかになっているが、事故収束の当事者が重要な判断をできなかったのは危機管理上の大きな問題だ。

 東電が認定基準を見過ごしていたことは柏崎刈羽原発がある新潟県が求めた調査で判明した。なぜ見落としてきたのか、真相を早急に明らかにしなければならない。

 第1原発では溶融燃料を取り出すまでに数十年の年月を要する。東電が肝に銘じなければならないのは地元への情報伝達の徹底だ。