【10月20日付社説】戊辰戦争150年/歴史に学び未来育む契機に

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 1868(慶応4)年1月3日、京都の鳥羽・伏見で旧幕府軍と、薩長などによる新政府軍が衝突し、戊辰戦争が始まった。新政府軍は8月、旧幕府軍の中心だった会津藩へと攻め入る。会津藩は約1カ月間にわたる鶴ケ城での籠城戦の末、ついに降伏した。

 司馬遼太郎は著書「街道をゆく」の中で、「明治維新というのはあきらかに革命である。(略)会津藩は、最後の段階で、薩長によって革命の標的(当時でいう"朝敵")にされた。会津攻めは、革命の総仕上げであり、これがなければ革命が形式として成就しなかったのである」と、会津藩の立場に思いを寄せている。

 会津藩は、藩祖・保科正之の「徳川将軍家と存亡を共にすべし」との遺訓に従い、「義」を貫いた。再来年の2018年は、その戊辰戦争から150周年を迎える。会津若松市が150周年の記念事業の実施に向けて動きだした。

 多くの苦難を乗り越えた先人たちの歩みを再認識することは、郷土への誇りや、未来を創造する力を育む。官民が協力し、節目の年を盛り上げたい。

 同市は、市内の経済や文化などに関連する約130団体とともに記念事業実行委員会を設立。鶴ケ城での特別展などを手始めに、17年度から活動を本格化させる。18年度には記念式典や、先人の功績を顕彰する講演などを予定する。
 具体的な事業内容は今後決まるが、企画や運営などに多くの市民が関わり、市全体でムードを高めていくことが大切だ。

 戊辰戦争後に会津の人たちが移住した北海道余市町や青森県むつ市、共に戦った山形県米沢市などゆかりの地や、当時は敵方だった山口県や鹿児島県などと連携した事業も前向きに検討してほしい。全国への発信力が強まり、注目も集まるはずだ。

 実行委は旅行業者と連携してツアーも企画し、観光振興を目指す。会津若松市の観光客数は大河ドラマ「八重の桜」の効果もあり、13年は約400万人を数えたが、昨年は約300万人となっている。記念事業と組み合わせるなどして、参加者が歴史への知識や関心を深めることができるような観光商品を開発し、観光客を増やしたい。

 少年隊の悲劇で知られる二本松市や白河口での激戦があった白河市など、県内には会津若松市以外にも戊辰戦争の舞台となった市町村がある。そうした自治体でも今後、記念事業の開催について検討される見通しだ。地元の歴史を見つめ直すことで、地方創生にもつながる取り組みを進めてほしい。