【2月14日付社説】復興庁発足5年/「二人三脚」で歩めているか

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 被災地とともに復興に向かって「二人三脚」で歩むことができているかどうか。節目に問いたい。

 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故からの復興に向けた政府の司令塔、復興庁が発足して丸5年がたった。

 津波被災地の道路や港湾などハード面の復旧は進んでいるが、本県の約8万人をはじめ12万人以上が今なお避難生活を送り、原発事故に伴う避難区域での生活再建は先が見通せていないなど復興の進み具合には地域差が出ている。

 復興庁は、復興施策全体を総括し、被災自治体への一元的な窓口と支援を担うという機能を十分果たすことができているか。一度、点検してもらいたい。

 被災自治体からは、復興庁の貢献を評価する声と、政策決定が遅いなどと指摘する不満の声が相半ばしている。

 内堀雅雄知事は1月30日の定例記者会見で「予算や制度が確立されて復興を支える礎ができた」と丸5年となる復興庁を評価した。

 大規模模災害からの復興では、多岐にわたる行政分野を把握し、全体を統括する体制が必要だ。その点で復興庁は被災地のニーズと国の政策をつなぐ一定の役割を果たしているといえよう。

 一方で、復興相は縦割り行政の弊害を排除するため、他省庁への勧告権を持ち、制度上は強力なリーダーシップを発揮できるが、これまで発動した実績はない。

 職員数は、出先機関を含めて約530人いるが、大半は他省庁からの出向(併任を含む)で、2年ほどで出身省庁に戻るのが慣例だ。ほかは民間や地方自治体からの出向となっている。

 初代復興相は平野達男氏で、現在の今村雅弘氏は5人目。毎年のように閣僚が入れ替わってきた。根本匠氏(衆院福島2区)から後の3氏の選挙区は島根2、福井2、比例九州。被災地をよく知る人に腰を据えて取り組んでほしい―という被災地の願いからは遠い。

 内堀知事は「課題は風化の問題。『復興庁には風化なし』の思いで霞が関全体をリードしてほしい」とも述べている。5年を過ぎたいま、復興庁は存在感を発揮できるかどうかも課題となる。

 復興庁の設置期限は2021年3月までで残り4年余だが、岩手、宮城両県と異なり、原発事故を抱える本県の復興は先が長い。政府は復興庁の機能を存続させる方向だが本格的な検討はこれからだ。

 原子力政策を推進してきた国が責任を果たすためにも存続は当然であり、本県に後継組織を設けるような柔軟な発想を持つべきだ。