【4月1日付社説】避難指示解除/古里復興へ手携え再出発を

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 東日本大震災と東京電力福島第1原発事故の発生から7回目の春に迎えた大きな節目。避難指示の解除は終着点ではなく、ふるさと復興への再出発点である。

 原発事故に伴い出されていた避難指示が、浪江町と飯舘村、川俣町山木屋地区で昨日、富岡町で今日、一部を除き解除された。4町村の対象住民は約3万2000人に上る。残る避難区域は第1原発がある大熊、双葉両町の全域と、近隣5市町村の帰還困難区域となる。

 原発事故では、最大で11市町村の計約8万1000人が避難対象となった。これまでに田村市都路地区、楢葉町、川内村と、葛尾村、南相馬市の大部分で解除されており、新たに解除された地域を加えると面積で7割弱、当初の対象人口との比較では約7割がふるさとに住むことができるようになった。

 除染が進んで、行政機能が戻った結果、住み慣れた地域に帰還できる人が増えることは意義がある。一足先にふるさとでの暮らしを始めた人たちからは、再出発への喜びと期待の声が聞かれた。より多くの人たちが戻りたくなるような町や村にするために手を携えながら着実に歩みを進めたい。

 一方で、医療や介護、買い物など、暮らしに不可欠なインフラの再生は依然として十分ではなく、原発事故前には考えられなかった不便を強いられる人も多い。

 農業などのなりわいや働く場所の確保、生活環境の整備、学校再開など、目の前に横たわる生活条件の再生は喫緊の課題だ。いったん壊れた地域コミュニティーを回復することも簡単ではない。課題に真摯(しんし)に向き合いながら一つ一つ解決していくことが肝心だ。

 全町避難の自治体として2015年9月に初めて避難指示が解除された楢葉町では、今年3月時点の帰還率が11%。戻った住民のうち50歳以上が8割超を占める。

 復興庁が昨年8~9月に実施した住民意向調査では、浪江、富岡両町で5割以上が「戻らないと決めている」と回答した。特に若い世代では7割前後に上る。

 ふるさとに戻る、戻らない、選択はさまざまだが、町の再生には幅広い世代に戻ってもらうことに力を入れる必要がある。自治体は将来を見通せるような政策を示し丁寧に説明しなければならない。

 もう一度確認したい。避難指示の解除は復興への再出発点だ。原発事故の原因企業である東電はもちろん、国策として原発を推進してきた国には、自治体や民間の取り組みに対する支援を含めて、種々の課題にこたえる、よりきめ細やかな対応を改めて求めたい。