【4月9日付社説】富岡復興の集い/ふるさとの桜とともに前へ

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 「夜の森の桜はふるさとそのものです」。100年以上前から富岡町と町民を見守ってきた夜の森の桜並木。7年ぶりに一部を歩行者天国にしてきのう開かれた「復興の集い」では、町民の笑顔があちらこちらに咲いた。

 「復興の集い」は昨年までは広野町で開いていた。しかし今年は、帰還困難区域を除き、避難指示が解除されたことを受けて、桜並木の一部と、近くの富岡二中を会場に集いを開いた。

 桜は、集いに合わせるかのように咲き始め、町民を出迎えた。会場ではよさこい踊りが披露されたり、町民らがギネス記録に挑戦した。原発事故の前の暮らしが戻ったようなひとときだった。

 「ふるさとを取り戻す取り組みは新たなステージを迎えた」。避難指示が解除された1日午前0時、宮本皓一町長は町再生への決意を語った。一世紀を超えて町民とともにあった桜とともに力強く再出発してもらいたい。

 集いの会場となった桜並木には独自のイベントに奔走する人たちの姿があった。地元の団体や企業が、町と一緒につくったまちづくり会社「とみおかプラス」の会員だ。避難指示が解かれた日から桜のライトアップも復活させた。

 とみおかプラスは、町を応援するサポーターを町内外から募り、復興を考える会議も計画している。町の復興にはより多くの人が関わり、力を結集することが大切だ。みんなで手を取り合って町の未来づくりに取り組んでほしい。

 復興の息吹はほかにもある。町が復興拠点として位置付ける国道6号東側だ。先月、開業した複合商業施設「さくらモールとみおか」は連日、大勢の買い物客でにぎわう。広野、楢葉町や川内村からも客が訪れ、双葉郡南部の中核都市だった富岡町の姿が戻ったようにも見える。ただし出店したスーパーによれば、客の約7割は原発や除染関係者というのが現実だ。

 町立診療所も開設され一定の社会生活基盤は整っている。しかし国が昨年行った住民意向調査で町に戻りたいと考えている人の割合は2割弱にとどまる。町を再興するために一層の生活環境整備と、企業誘致などによる新たな雇用の創出が求められる。

 町の北東部は帰還困難区域で、夜の森の桜並木は約2.2キロのうち8割超が同区域の中にある。桜のトンネルを途中で遮るバリケードが象徴的だ。しかし桜は原発事故に負けずに咲き続けてきた。長い冬は必ず終わり、希望の春が必ず訪れる。ふるさとの桜とともに一歩一歩前に進んでほしい。