【7月20日付社説】童謡のまち広野/宣言を古里活性化の弾みに

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 「とんぼのめがねは水色めがね」で始まる「とんぼのめがね」。「今は山中、今は浜」のフレーズで知られる「汽車」。多くの人に親しまれている二つの童謡は、広野町が舞台とされる。

 その広野町が、「童謡のまち」を宣言する。童謡の文芸誌「赤い鳥」創刊から今年で100年を迎えたことに合わせて、名曲の古里として全国にアピールするとともに、童謡を通した都市間交流や教育活動を展開する。

 同町は毎年、音楽祭「ひろの童謡(うた)まつり」を開催するなど童謡をテーマにした事業を展開しているが、今回の宣言を機に名実ともに童謡を柱にした町づくりを進めていきたい考えだ。宣言は、10月の童謡まつりの席上で行う。

 童謡という町ならではの文化資産を生かし、地域の活性化につなげる契機としたい。

 町を代表するイベントである童謡まつりは、1994年から続いている。24回目を迎える今年のまつりでは、童謡誕生100年を記念する企画などが検討されている。多くの人が宣言の場に立ち会い、童謡を楽しめるような内容にすることが大切だ。

 町は、童謡の歌詞を全国から募り、優秀作に曲を付けて発表する事業も行ってきた。これまでに28のオリジナル曲が誕生している。

 古里の風景や方言を織り込んだ歌詞も多く、どの曲も素朴な魅力に満ちている。宣言を機に、インターネットでの楽譜公開など多くの人が「広野発の童謡」に親しむための取り組みを進めたい。

 同町は、すでに「童謡の里」を宣言している兵庫県たつの市との交流事業も行う計画だ。たつの市は「赤とんぼ」を作詞した三木露風の生誕地で、年間を通した童謡コンサートや、広野町と同様の歌詞コンクールも実施している。

 両市町で合唱団を派遣し合ったり、互いのコンサートでオリジナル曲を披露し合ったりと、さまざまな交流が考えられる。実りある交流の在り方を探りたい。

 数々の童謡が発表された「赤い鳥」は、1918年7月1日に創刊された。その同人には「とんぼのめがね」を作詞した額賀誠志もいる。広野町で内科医院を開業していた額賀は往診の際、山あいの集落で子どもたちがトンボと戯れる様子を見て詩想を得たという。

 同町では震災と原発事故後、ほとんどの住民が町外に避難したが、いまは約85%の住民が町内で生活を再開している。これからも童謡に歌われているような古里の原風景を守りながら、町の復興を着実に進めていってほしい。