【7月31日付社説】慧日寺跡の整備/「仏都会津」の誘客に弾みを

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 磐梯町が進める国指定史跡「慧日寺(えにちじ)跡」の整備事業で、金堂内に薬師如来坐像(ざぞう)が展示物として復元され、一般公開が始まった。

 慧日寺の本尊だった薬師如来坐像の復元は、史跡整備の大きな節目であり、「仏都会津」の発信力を高めることになる。今後の整備事業の加速と仏都会津の誘客増につながることを期待したい。

 慧日寺は、約1200年前の平安時代初期に高僧・徳一(とくいつ)が創建した。東北地方で開基が明らかな寺院としては、最古のものとして知られている。かつては周辺に門前町も形成されて栄えた。

 磐梯町は1970年の国史跡指定後、発掘調査などを経て、整備事業に着手し、これまでに金堂や中門などが復元された。薬師如来坐像の復元も事業の一環で、講堂など四つの建築物の復元に向けた取り組みも進んでいる。

 同町は史跡整備とともに、門前に、にぎわいをつくる事業にも取り組んでいる。史跡周辺に歴史的な町並みを再現することで、観光資源としての価値を高め、地域を活性化させるのが狙いだ。史跡と門前の整備を着実に進め、歴史を生かしたまちづくりと景観整備の手本を示してもらいたい。

 会津は、東北で最も早く仏教文化が花開いたとされる。会津に伝わった仏教は徳一によって会津一帯に広められ、慧日寺は会津の信仰の中心となった。現在も平安初期から中世、近世の仏像や寺院が数多く残っており、仏都会津と呼ばれている。

 2016年には仏都会津を土台にした「会津の三十三観音めぐり」(会津17市町村)が、文化庁から「日本遺産」として認定を受けた。慧日寺をはじめとする文化財の活用や、三十三観音めぐりの体験などを通じて地域の魅力を発信する内容だ。今回の薬師如来坐像の復元で、仏都会津に磨きが掛かったことになる。

 政府は、新観光戦略の中で東京五輪・パラリンピックが開かれる2020年に訪日外国人旅行者を年間4千万人にする目標を設定しており、日本遺産の認定は、その目標の達成に向けて、地方への呼び水の役割を担っている。

 遺産は、認定に際して物語性と周遊性が求められているのが特徴で、「会津の三十三観音めぐり」も全会津を網羅し、物語を構成する文化財は50を超えている。

 薬師如来坐像の復元でアピール力を増した慧日寺跡をはじめ、国重要伝統的建造物群保存地区の大内宿(下郷町)まで、遺産を十分に生かし切り、国内外から仏都会津を訪れる人々を増やしたい。