穂積雅子選手が引退表明 「4年後の五輪は目指せない」
スピードスケート女子長距離選手で2010(平成22)年バンクーバー冬季五輪団体追い抜きで銀メダルを獲得した穂積雅子選手(27)=ダイチ、福島市生まれ=が22日、富山市で記者会見し、引退を表明した。長距離界を引っ張ってきた穂積選手は「(4年後の)平昌(ピョンチャン)五輪という選択が出てこなかった」と引退の理由を語った。県内に住む親族らは、日本のエースに成長した穂積選手の活躍をねぎらった。
今後は白紙…子どもたちに教えていきたい
「スピードスケートを通して礼儀やあいさつなどたくさんのことを教えてもらった。何かしらの形で携われればと思っているが、本当に白紙」
穂積選手は北海道・駒大苫小牧高からダイチに進み、長距離の第一人者に成長した。09年の世界選手権では総合4位に入った。4年前のバンクーバー五輪では、田畑真紀(ダイチ)小平奈緒(相沢病院)両選手と組んだ追い抜きでスピードスケートでは日本女子史上最高の2位と躍進。個人でも3000メートルで6位、5000メートルで7位と健闘した。その後、けがもあって振るわず、2月のソチ五輪では不本意な結果に終わった。
27歳で、国内ではトップの力を維持している。惜しまれての引退で、今後について「未定」としているが、引退会見では「今まで学んできたことで生かせることがあれば、子どもたちに教えていきたい」と話した。
(2014年4月23日 福島民友ニュース)
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