【特集】ラグビー人気"上昇中" 大野均選手、屈強の原点は「福島」

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「現役でやるからにはジャパンを目指す」と語り、2019年を見据える大野

 昨年のラグビーW杯で2度の優勝を誇る南アフリカを破り「史上最大の番狂わせ」と世界に言わしめたラグビー日本代表。予選で敗退したが、その勇姿は多くの人の記憶に焼き付いている。日本代表の活躍でラグビーは脚光を浴び、人気も上昇中だ。

 「日の丸」を背負ったフィフティーンの最年長者として出場したロック大野均(37)=郡山市出身=は「原点は福島にある」と語る。

 タックルをされてもすぐに起き上がり仲間のサポートに走る。身長192センチ、体重106キロの大男はその屈強な体とスピードを武器に代表最多の出場試合数「96キャップ」を誇る。

 郡山市三穂田町で農業を営む家庭に生まれた。家業を手伝い、水の代わりに搾りたての牛乳を飲んで育った。強靱(きょうじん)な肉体の基礎はこのころ築かれた。「これまで大きなけがはしたことない」と、大野は両親への感謝の言葉を口にする。

 野球好きの父勝正さんの影響もあって小学校で野球を始めた。清陵情報高時代はレギュラーの座をつかめずベンチから声援を送ったが、「練習を人一倍やったことだけは胸を張れる」と今も変わらない練習の鬼としての一面をのぞかせる。その真面目さゆえ高校時代、インフルエンザにかかっても新聞配達のアルバイトを続けたとの話もある。

 ラグビーに出合ったのは日大工学部に入学後。その実直な性格が幸いしてチームのために献身的に走るプレースタイルで才能を開花させ、4年生の時に県代表に選出された。社会人チーム東芝のスカウトの目に留まり入部、日本代表へと駆け上がった。今年参入する日本チーム、サンウルブズにも選出された。

 今では日本代表で「レジェンド」と評されるまでの地位を築いた大野。「灰になってもまだ燃える」が信条の鉄人は、41歳で迎える2019年のW杯出場に向けて、突き進む。

 "名門"いわきラグビースクール「楽しさ伝えたい」

 県内に複数あるラグビー教室の一つ、いわき市のいわきラグビースクールは44年の歴史を誇る名門。園児から中学生まで18人が毎週日曜日、同市の21世紀の森公園でラグビーボールを追い掛けている。

 基礎体力の向上に重点を置き、ランニングを中心にパスやキック、一対一など、生徒たちは学年に関係なく練習に励む。チームは各種大会で好成績を挙げ、県選抜に多数の選手を送り出してきた。吉村修ヘッドコーチ(44)は「ラグビーの楽しさを伝えたい」との思いで指導に当たる。「将来的にラグビーに関わってほしい」と同市の高校と連携し、ラグビーの普及とともに競技を続けられる環境整備に力を注ぐ。

 初心者向けの「タグラグビー」教室でラグビーの楽しさに触れ、小学4年生の時に入校した赤土岳君(中央台南中3年)。中学校では陸上と掛け持ちしてきたが、ラグビーの魅力に取り付かれ「高校では花園を目指して専念したい」とラグビーに打ち込むつもりだ。