【喜多方】『深夜ラーメン』喜多方で人気 浪江から避難の「廣喜家」

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一度は途絶えかけた伝統の味を守り続けている廣喜家の井戸川さん夫婦

 震災、原発事故の被害を受けて浪江町から避難しているラーメン店「廣喜家」は喜多方市に店を構え、伝統の味を提供している。営業再開から間もなく2年。日本三大ラーメンの一つに数えられる激戦区で挑戦を続け、「深夜の店」として親しまれるようになった。

 午前2時すぎ、閑静な市役所前の通りに赤ちょうちんや看板が輝く。飲み帰りの市民らが訪れ、店内に憩いの空間が広がる。同店を切り盛りするのは井戸川延治さん(57)、好江さん(57)夫婦。浪江町室原の自宅が帰還困難区域となり、会津若松市に避難中だ。

 避難後、家にこもる生活に嫌気が差した。「仕事をしないと駄目になる。どうせならラーメンの本場で勝負したい」。2人は100店舗以上がひしめく喜多方市での挑戦を決意。東電から受けた賠償金の大半を設備投資に充てた。2014(平成26)年1月に念願の営業再開。最初の3カ月はサービス期間として1杯300円で提供したが、通常価格に戻すと、客足が一気に伸び悩んだ。同5月の連休では、周りの店に大勢の観光客が押し寄せる中、廣喜家には閑古鳥が鳴いていた。2人は同7月、深夜営業に踏み切った。

 同店は、1963(昭和38)年に延治さんの両親が創業した老舗。白河ラーメンの基礎を築いた名店「とら食堂」の先代から麺打ちやスープの仕込みを伝授された。現在は喜多方市の製麺所から仕入れている。

 喜多方市で受け入れてもらおうと、店名を「廣亀屋」から「廣喜家」に改称したものの、ラーメンの作り方は今もほとんど変わらない。一つの使命感が2人を駆り立てているからだ。「(原発事故で)土地は奪われたが、親から受け継いだ技術は絶対に守らなければならない財産だ」