【猪苗代】戊辰戦争の歴史を後世に 会津藩陣跡に案内板、猪苗代・母成峠

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戊辰戦争の激戦地となった母成峠の会津藩陣跡で案内板を除幕した江花会長(右)と岡部会長

 来年の戊辰戦争150年を前に、猪苗代地方史研究会(猪苗代町、江花俊和会長)と熱海史談会(郡山市、岡部軍美会長)は12日までに、激戦地となった猪苗代町の母成峠に会津藩陣跡の案内板を設置した。

 母成峠は現在の郡山市と猪苗代町の境に当たる。戊辰戦争の舞台となり、会津藩などの旧幕府軍が守っていた陣跡には今も防塁や塹壕(ざんごう)、砲台跡が残る。

 歴史に残る戦いを風化させず、遺構を保存していくため、両会は昨年「戊辰戦争150年会津藩陣跡保存協議会」を設立。

 「公益信託うつくしま基金」の支援を受け、陣跡への案内板設置を行い、地図や遺構を解説したリーフレット5千部の作成を進めた。

 母成峠の駐車場で行われた除幕式には両会員ら約70人が参加。江花会長が「案内板設置を契機に、先人に学び、歴史に残る戦いの意義を考えていきたい」と話し、岡部会長も「日本の夜明けに起きた戦いの遺構を、将来のために残していく」と決意を語った。

 前後公猪苗代町長らが祝辞を述べた。関係者による除幕後に遺構の見学も行われた。

  母成峠の戦い  1868(慶応4)年8月21日、旧幕府軍と新政府軍が現在の郡山市と猪苗代町の境に当たる母成峠で衝突した戊辰戦争の戦い。会津戦争の緒戦に当たり、旧幕府軍約800人が新政府軍約3千人を迎え撃ったが、兵力と装備に勝る新政府軍に敗れた。新政府軍は2日後には会津若松城下に突入。1カ月後の9月22日に会津藩が降伏した。