牧畜産業の歩みとどめる
歴史的価値高く再評価の動き
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進む再評価
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明治期から使われてきた牛舎や農機具などが当時のまま残り、明治の面影をとどめる。国内の牧畜産業の歴史を知ることができる貴重な資料群として再評価されている
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1880(明治13)年、国内初の西欧式官営牧場として誕生した。1907年にオランダからホルスタイン13頭を輸入し、その際、両国友好の印としてオランダから「鐘」が贈られた。唱歌「牧場の朝」は、この鐘と岩瀬牧場をイメージして作られた。
町のキャッチフレーズに「牧場の朝」の文言が使われ、昼と夕方の1日2回、町中にメロディーが流れる。牧場は町のシンボルとなっている。
社会構造の変化で、83年に観光牧場としてスタートする。動物と触れ合える人気のレジャースポットとなった。しかし、原発事故後、利用者は激減。昨年は震災前の3割にとどまった。
牧場内には、歴史的価値のある明治期の建造物や農機具などが残り、日本の牧畜産業の歩みを知ることができるとして再評価の動きが出ている。震災ではかやぶき屋根が壊れるなどの被害が出た。
(岩瀬牧場(電)0248・62・6789) |
牧場を核に、地域活性化へ |
大泉 清(おおいずみ・きよし)さん
/元岩瀬牧場長で岩瀬牧場・歴史資料館長
1876年の明治天皇の東北巡幸がきっかけとなり、原野だったこの一帯が開墾され誕生した、歴史のある牧場です。殖産興業政策の一つであると同時に、武士の雇用という側面もありました。
牧場ができ、この地域は大きく変わっていきます。乳製品を運ぶため、1911年に鏡石駅を開設し、交通網が発達していきました。また、ホルスタインの輸入が縁となり、オランダとの交流が生まれました。岩瀬農業高校とオランダ・ユトレヒト農業高校が姉妹校として提携するなど、今でもさまざまな形で交流が続けられています。
牧場内には牛舎やサイロ、穀物倉庫などの建造物をはじめ、歴史的価値のあるものが残っています。現在、学術機関や建築家を中心に、国の近代化産業遺産の認定を受けようと、準備を進めています。認定されることで、町の活性化につながるのではないかと考えています。そして、牧場に、再び、親子の楽しそうな会話が戻ってくることを願っています。
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地域の雇用支える
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観光牧場になる以前は、乳牛190頭が常に飼育されていた。従業員は多いときで160人に上り、地域の雇用を支えた
(昭和45年ごろの岩瀬牧場/坂口武男さん撮影)
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福島民友新聞社は、ふくしま復興支援プロジェクトの一環として、2012(平成24)年10月から13年5月まで、「ふる里の誇り ふたたび 福島遺産 百選 未来への歩み」を連載しました。
「福島遺産 百選」は、県内それぞれの地域で「ふる里の誇り」として守り継がれてきた有形無形の宝を後世に残していこうと、福島民友新聞社が07年に県内外に呼びかけ、選定しました。
しかし、計120件のうち31件の遺産が東日本大震災で被災しました。本プロジェクトは、あらためて地域の素晴らしい宝を再認識することで県民一人一人の誇りを取り戻し、「心の復興」につなげていくことを目的としたものです。 |
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ふくしまが誇る美しい自然、歴史、文化 |
地域の宝を復興の力に |
震災に耐えて |
東日本大震災に耐え、被害を免れた福島遺産もあります。これらは地域で県民に勇気と希望を与え続けています。
夏井の千本桜(小野町)
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1971(昭和46)年、夏井川に堤防が造成されたのを切っ掛けに、地元住民が桜の苗木を植樹した。今では川の両岸2.5キロにソメイヨシノの並木が連なる桜の名所に。見ごろの4月下旬には、桜色の回廊が田園風景を彩る。(小野町観光協会=小野町企画商工課内=(電)0247・72・6938)
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田島祇園祭(南会津町)
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毎年7月22日から3日間行われる。「御党屋(おとうや)組」と呼ばれる氏子の集団が主体となる神事。本祭りの23日は神輿渡御(みこしとぎょ)、七行器(ななほかい)行列が行われる。花嫁姿の女性が行列をつくる七行器行列は、豪華絢爛(けんらん)で、沿道は多くの見物客でにぎわう。(南会津町観光物産協会(電)0241・62・3000)
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乙字ヶ滝(須賀川市、玉川村)
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阿武隈川唯一の滝で、須賀川市と玉川村を結ぶ国道118号の境にかかる。名称は、水が「乙」の字の形をして流れ落ちることに由来するとされ、「増水時の流れの形」と「側面から見た断層の形」の説がある。(須賀川市観光交流課(電)0248・88・9144、玉川村企画産業課(電)0247・57・4629)
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民友携帯サイト
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