【白河】『東北の玄関口』白坂宿の歴史後世に、顕彰碑を建立

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除幕した顕彰碑の前で白坂宿の歴史に思いをはせる青柳実行委員長(前列右)ら関係者

 奥州街道の宿場町として栄えた白河市の白坂宿を後世に伝えようと、白坂宿顕彰碑実行委員会は顕彰碑を建立した。同市で17日、顕彰碑の除幕式が行われ、関係者が「東北の玄関口」としての役目を担った同地区の歴史に思いをはせた。

 同実行委によると、白坂宿は1590(天正18)年の豊臣秀吉による奥州仕置きの際、宿場として発展を遂げ、江戸時代には、大名などが宿泊する本陣や大規模旅館など83軒の屋敷が軒を連ねていたという。戊辰戦争では、東西両軍の兵士と民間人約10人が亡くなっており、現在に至るまで住民らが両軍分け隔て無く弔い続けている。

 顕彰碑には、記録が残る明治初期の屋敷の配列と屋号、同地区の史実などが刻まれた。除幕式で青柳幸治実行委員長(73)は「地域一体となって歴史を再確認し、後世に紡いでいきたい」とあいさつ。来賓の円谷光昭副市長らと除幕を行い、顕彰碑を披露した。同実行委は今後、同地域の歴史を市内外に発信するため、史跡や現存する建物などに解説板を設置するという。