「主人公は、見る人自身」 プロデューサー・落合ギャラン健造さん

 
開幕した「バンクシーって誰?展」で再現された中東の街並とストリート作品などを見る来場者=29日午前、郡山市・ビッグパレットふくしま

 神出鬼没の覆面アーティスト、バンクシーの足跡や謎に迫る「バンクシーって誰?展」が29日、郡山市のビッグパレットふくしまで開幕する。代表作「ラヴ・イズ・イン・ジ・エア」をはじめとするコレクター秘蔵作品のほか、世界中に散らばるストリートアートを街並みごと再現。バンクシーが描いた欧州や米国、中東のストリートを体感できる。展覧会の見どころを、関係者や識者のインタビューで紹介する。初回はプロデューサーとして本展を企画した日本テレビの落合ギャラン健造さんに展覧会の特徴とバンクシーの魅力について聞いた。(聞き手・編集局次長 佐藤掌)

 コロナ禍、逆手に

 ―開催の経緯を教えてください。
 2020年夏に東京展でスタートする予定でしたが、新型コロナウイルス感染拡大のため、1年延期となりました。ちょうどオリンピックイヤーで世界が東京という都市に注目する好機でもあり、今までにない、新たなチャレンジを考えていました。準備を始めた18年、競売大手サザビーズのオークション会場でバンクシーの「風船と少女」が額縁に仕掛けられたシュレッダーで裁断された事件が起きたわけです。この「シュレッダー事件」が瞬く間に世界中のメディアに拡散する状況に、現代アートの最先端をいっていると思いました。交流サイト(SNS)を駆使しつつ、アナログな方法も交えていて面白いなと思ったのがきっかけです。

 ―展示会場の作り込みに職人魂を感じます。
 日テレ系列の日本テレビアートとの仕事で、映画の一場面を空間で再現する企画があり、会場全体をそういう仕立てにしたら面白いと考えました。コロナ禍で仕事の多くがキャンセルになり、普段は映画や舞台、テレビのセットづくりの最前線にいるベテランが集結し腕を振るってくれました。「神は細部に宿る」のごとく「ここのさびはこんなふうに」「雑草をちょっと入れて」「たばこの吸い殻ももう少しここに捨てたい」などとこだわりました。ごみ箱もグラフィティ(落書き)が描かれた裏路地に置いてあるようなものを米国から輸入し、新品をわざと汚して古く見せる。試みたのは街並みの再現です。ぺらぺらのものでは観客に没入してもらえない。自由に旅行できない日々が続いただけに、バンクシーが足跡を残した英国と米国、中東の三大地域を擬似体験してほしい。そのため世界中にあるバンクシー作品を調べました。作品によっては日本人が見てもピンとこないものもある。その選定作業も大変でした。そもそも高画質な素材がない、再現するにも参考資料が足りないとか。そこは日テレアートと密にやりとりして作り上げました。

 見せ方挑戦した

 ―美術展として見たことのない形ですね。
 「こうすれば楽しいんじゃないか」と考えながら取り組みました。ただ、美術展という枠組みは崩さないようにしました。再現だけど決してテーマパークではない。額装された高額の美術作品が壁に展示されていて、照明が当たっている。美術展ですが、見せ方は最大限チャレンジしました。美術館での開催は本人が嫌がったかもしれません。故郷の英国・ブリストルの美術館では開催されましたが、あれはゲリラ的なものでした。地元愛が強い人なので地元の美術館と組んでやったという、それ自体がある種の仕掛けですね。バンクシーは活動家の側面が強い人。「このタイミングでその展覧会をやる意義」の方に重きを置いているように感じます。

 ―タイトルも印象的ですが、どのような思いを込めたのですか。
 誰しも「バンクシーって誰?」と考えるのではないかと思います。そこが出発点。美術展になじみのない方にも来てもらえるよう間口を広げることを意識しました。来てもらえれば楽しい空間があり、その先に重かったり、難しい社会の課題が隠れている。家に帰った後「バンクシーはこんなことを言おうとしたのか」「今バンクシーが日本にいたらどんなことを考え、どんな絵を描くだろう」と、普段美術館に行かない人たちにも楽しんで考えてもらうきっかけになればうれしい。「バンクシーって誰?」という問いに対し「もしかしたら私たち一人一人の中に小さなバンクシーがいるかもしれない」というところにテーマを置きました。

 ―東京、名古屋、大阪と巡回しましたが、福島展はどんな形の展示になるでしょうか。
 名古屋、大阪は会場空間に制約があり、多少街並み再現を減らさざるを得ませんでした。郡山会場は東京以来のフルスケールで開かれます。個人的には、20年に東京で開催し、東日本大震災から10年となる21年の夏に郡山でやりたかった。震災から10年という年に若い世代を含めてさまざまな社会の課題、問題提起を平和的な手法で投げかけるアート、人物をテーマにすることで改めて多くの人に考えてもらう。そういう場になればいい。1年ずれたからといって何もぶれてはいません。

庶民の思い代弁

 ―激推し作品は。
 郡山会場は、名古屋と大阪では本来の展示ができなかった「Giant Kitten」が復活します。子猫が描かれたがれきを歩いて1周できるようになっていて、後ろにいろいろな仕掛けがあります。展覧会アンバサダーを務める俳優の中村倫也さんが「ほこりっぽさみたいなものも感じられるぐらいリアルな空間」と評価してくれました。ガザ地区の空爆された廃墟の雰囲気を狙いました。マンホールとか日テレアートもこだわっていますが、砂みたいなものもわざと振りかけているんです。芸が細かい。そういうところも見ていただけるとうれしい。

 ―バンクシーはコロナ禍で医療従事者に向けた作品も手がけています。ウクライナ侵攻もまさにバンクシーが取り組みたいテーマなのではないかと想像しますが。
 私もウクライナ侵攻が始まってからずっと注視していますが、今のところ沈黙を保ってますね。個人的な感想でしかありませんが、欧米の思惑をバンクシー自身が深読みをしているとか、すぐに作品を発表できない理由があるのではないか。とはいえ、今回のメインビジュアルに選んでいる「ラヴ・イズ・イン・ジ・エア」は、中東の終わりなき報復合戦みたいなものに警鐘を鳴らしている。「いいかげんやめようよ。人類はいつまで同じことを繰り返しているんだ」というメッセージを感じ、とても象徴的な作品です。さらにいま、意味合いが強まっていると思います。

 ―われわれ一般人の落書きとバンクシーの作品を分かつものはなんでしょうか。
 先人だと(米国の芸術家)キース・ヘリングやジャン=ミシェル・バスキアは貧乏でキャンバスも買えない中、とにかくそこにある素材で地下鉄や裏路地などに描いて自己表現しました。その流れにバンクシーはいると思います。バンクシーの故郷とされる英国・ブリストルは労働者階級の街ですが、街中グラフィティだらけ。ヒップホップも社会に根付いている分野です。この二つの表現には庶民の気持ちを代弁するという共通点がある。その文脈の中で出る作品は非常に強い光を放つ。バンクシーだから作品が残るかというと、世界的に見るとそういうわけでもない。壁に描いたものの、数時間後には他のグラフィティアーティストに上書きされたり、反バンクシーみたいな人もいる。行政が壁画をアクリル板で守るようなこともありましたが、ストリートという美術館空間でないがゆえの緊張感に、バンクシーも同じようにさらされています。

 ―街中に短時間で作品を描き上げるために、バンクシーもいろいろ試していますね。
 ステンシル(あらかじめ用意した型紙とスプレー缶で描く技法)を選んだ理由もそうです。初期は多彩な色を使ってフリーハンドで描き上げていましたが、時間がかかる。誰かに見つかって通報されたり摘発されたりする危険性が高まる。しかし、アトリエで時間をかけて型紙を作り、あとはテープで壁に貼ってあっという間にスプレーして描き上げれば捕まりにくい。バンクシーが素性を明かしていないのは、そこにグレーゾーンがあるからでもあり、自覚しているからでしょう。

 アート界に問い

 ―英国のパンクロックに象徴されるようなヒーロー像の王道をいっている印象です。ダークヒーローがここまで持ち上げられると、本人も本望でないのでは。
 本展で紹介する額装作品は、もともと一般人でも手に入る値段でした。それが今や何千万、何億円という世界になってしまった。しかし彼は当初プリントを売ることで収入を得て、活動の範囲を広げている。プリント作品を売って中東に何度も行ったり、米国では名声を得た。(ファッションデザイナーの)ポール・スミスら有名人が高額で作品を買ったり、本人にどのぐらいのお金が入っているのか分かりませんが、その素性の分からなさも含めて考えさせられる。自分の名前も顔を出さないことで、アート界に問いを投げかけているように思います。

 ―芸術活動、ムーブメント自体がアートという捉え方もできます。われわれ見る側が想像するのも楽しい。
 本展を準備する上で、バンクシーと関わりのあるさまざまな方に話を聞きました。まとめると、やはり主体はあくまでも作品を見る側の人なんだろうと思います。だからこそ名前も顔も出さない。バンクシーという名称はあれど、それは「誰しもバンクシーたり得る」ということにつながる。バンクシーは作品を通じ社会の課題に対して「あなたはどう考える?」「あなたはどう行動できる?」と目を向けさせようとしているのだと思います。本展の大きな企画意図には、美術展だけど、バンクシー作品のメッセージ性をちゃんと届けたい、という思いが強くあります。

落合ギャラン健造氏「作品のメッセージ性をちゃんと届けたいという思いも、企画した意図の一つです」と語る落合さん(高野裕樹撮影)

 おちあいGALAND・けんぞう 日本テレビ放送網グローバルビジネス局イベント事業部プロデューサー。1980年、カナダ・モントリオール生まれ。早大政治経済学部卒。大学から日本に移住し、劇団俳優座、スタジオジブリを経て、2015年に日テレ入社。主に美術展の企画を手掛け、担当した主な展覧会は「ボストン美術館所蔵 俺たちの国芳 わたしの国貞展」(16年)、「ディズニー・アート展」(17年)、「庵野秀明展」(21年)など。42歳。

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 6月29日、ビッグパレットで開幕

 「バンクシーって誰?展」は29日~8月24日、郡山市のビッグパレットふくしまで開かれる。バンクシーは英国南西部の港町ブリストル出身とされるストリート・アーティスト。テレビ局の美術チームが美術館とは異なる空間で、バンクシーの代表作品が描かれた街並みごと再現する。「シュレッダー事件」で話題となった「風船と少女」や代表作「ラヴ・イズ・イン・ジ・エア」など個人所蔵の額装作品も並ぶ。

 前売り券は一般が平日1600円、土日祝日は1800円。平日限定・前売りのみの「2枚つづり券」は3000円、「3枚つづり券」は4200円。

 福島中央テレビ、福島民友新聞社でつくる実行委の主催。展覧会の概要は同展ホームページへ。