人生経験が作品に反映 野村俊夫生誕115年・古関裕而生誕110年記念鼎談(4)

 
福島市の日野屋楽器店前にて(1940年撮影)。前列左4番目から右に古関裕而、野村俊夫、伊藤久男=日野屋楽器店蔵

 福島市が生んだ昭和を代表する作曲家・古関裕而。古関の幼なじみにして、後に名コンビとなって数々のヒット曲を世に送り出した作詞家・野村俊夫。今年は古関の生誕110年の年にあたり、きょう21日は野村の生誕115年の日にあたる。野村の長男鈴木克東さん、野村・古関の研究家斎藤秀隆さん、野村・古関の功績を街づくりに生かす活動を展開する渡辺啓道さんの3人に、野村・古関が手掛けた音楽作品の魅力や人柄、エピソードなどを語ってもらった。

 私の好きな曲

 司会 野村、古関が手掛けた作品で、特に好きな作品を教えてください。

 渡辺 単体の作品というより「薔薇(ばら)と蜜蜂(みつばち)」から「暁に祈る」まで作品の幅広さが、野村・古関コンビの魅力だと思います。野村先生は「泥棒以外は何でもやった」と語っています。人生経験の豊富さが詩作の深さにつながっており、歌詞も同じ人が書いたのかと驚くような幅の広さが特徴です。野村先生が、比較的物静かな古関先生をリードしている様子がよく現れているのを実感できる2曲だと思います。

 1964年の東京オリンピック選手入場曲が、古関先生作曲の「オリンピック・マーチ」で、テレビ中継は「心も浮き立つような古関裕而作曲のオリンピックマーチが鳴り響きます」という実況で始まりました。当時のオリンピックは戦後復興の象徴でした。私の母校早稲田大の応援歌「紺碧の空」(※5)ももちろん大好きです。

 斎藤 野村先生作詞の「あゝ紅の血は燃ゆる」という学徒出陣の歌が、名調子で気に入っています。学徒が戦場に赴く心情を巧みに歌にしています。戦後では「シベリアエレジー」が大好きです。抑留されている人々の心情がよく表現されていて、私はこの2曲が隠れた名曲だと思います。代表曲では「東京だョおっ母さん」が素晴らしい曲で、しばしば歌っています。肉親を失った心情がうまく歌い上げられており、特に2番を推奨したいと思います。

 鈴木 父の曲では「湯の町エレジー」や「東京だョおっ母さん」「暁に祈る」が好きですね。歌詞が好きなのは島倉千代子さんが歌った「他国の雨」、近江俊郎さんが歌った「南の薔薇」。題名で好きなのはともに船村徹さん作曲の「どうせひろった恋だもの」「女を忘れろ」です。

 市民が一緒に歌える曲、語り継ぐために

 司会 最後に福島が誇る2人の功績を後世に伝え、歌い継いでいくために、われわれ郷土の人間はどのような取り組みをしていくべきでしょうか。

 渡辺 福島市民が一緒に歌える曲をみんなで歌っていくことが大切だと思います。古関先生の「今日はよい日」はとても良い曲なので、どんどん広めたいと思います。

 野村先生は、言葉の力でご活躍され、新聞記者でもあったので、言葉の力を再認識する企画などを行い、文学的なものやジャーナリスト的なものが持つ言葉の重要性に再び光を当ててほしいと思います。

 斎藤 野村先生は私たちが育てた偉人なのだという認識で、連続テレビ小説を契機に、古関先生と一緒にキャンペーンを行っていくべきだと思います。

 鈴木 父と古関先生を盛りたてるためなら何でも協力したいと思っています。古関裕而記念館などを十分に活用していただいて、さまざまな取り組みを行っていくのが、まず第一歩だと思っています。

 ※5 「紺碧の空」 早稲田大の応援歌。応援団が新婚の古関宅に押しかけ、早慶戦の応援に間に合わせるために作曲を急がせたというエピソードが残る。この曲が話題を呼び、古関は慶応大の応援歌「我ぞ覇者」も作曲した。