「運命の酒」造り継ぐ 元官僚の酒蔵9代目、南郷の味を世界に

 
「食卓の料理を引き立てるのが日本酒の役割」と話す9代目当主の矢沢さん

 元国土交通省の官僚だった経歴を持つ男性が、福島県矢祭町で酒造りに取り組んでいる。同町の藤井酒造店を受け継いだ矢沢真裕さん(46)=東京都出身=だ。「矢沢酒造店」に名称を変更し、酒造りの道に足を踏み入れて約2年半、藤井酒造店時代からの代表酒「南郷」の魅力を広めようと奮闘する。

 「うまさとキレのいいとこ取りで、食べ物にも合う」。矢沢さんの運命を変えたのが「南郷」だった。出合いは東京・新宿の小料理屋。名だたる日本酒の中に紛れていた一つの銘柄に魅了され、週に何度も通い注文していたところ、女将(おかみ)から一人の常連客を紹介された。常連客は、藤井酒造店を営む藤井健一郎さん(71)の親族で、矢沢さんを酒造りの道へと導く第一歩だった。

 矢沢さんは学生時代、テレビドラマを通して日本酒の魅力と酒造りの工夫に感銘を受け、日本酒を飲み始めた。「『安かろう、悪かろう』という日本酒のイメージが一変した」。約10年、国交省に勤務し課長補佐まで務めたが「日本酒に携わる仕事がしたい」との思いからキャリアを捨て、酒造機器メーカーに転職した。

 藤井さんとの初対面は2016(平成28)年5月。酒の好みや考え方が一致するなど、すぐに意気投合した。当時の南郷は、9割以上が町内で消費されており、「人口減少の中、首都圏や海外に目を向ける矢沢さんなら、未来が広がるのではないか」と藤井さん。矢沢さんにも「自分の好きな南郷を首都圏の人にも知ってほしい」との思いがあった。「藤井さんとの出会いは必然だった」。矢沢さんは同年12月、藤井さんの酒蔵を受け継ぐ決意をした。

 9代目当主となった矢沢さんは、きき酒師の上位資格で世界に約300人しかいない「酒匠」の資格を取得。南郷の味を受け継ぎながら、自身の酒のプロデュースも行っている。「買い手が飲みたくなるラベルを作りたい」。自身が手掛けた白を基調とした「純米大吟醸 白孔雀」は昨年、「SAKE COMPETITION(サケ コンペティション)」のラベルデザイン部門で9位に入った。

 県内でも積極的に南郷を広めている。7月6日には、西郷村のまるごと西郷館で開かれる「青空バル」に出店する。全国新酒鑑評会では受賞を逃したものの「南郷本来の味を変えるつもりはない。自分がおいしいと思う日本酒でこれからもチャレンジしたい」と矢沢さん。藤井さんは「赤い糸を超える『金の糸』で結ばれていた」と優しく見守る。「南郷の味を矢祭から日本、そして世界に発信していきたい」。9代目の挑戦は続く。