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【2008.05.30】
飯盛山とさざえ堂(会津若松市)//戊辰戦争 悲劇伝える地//
飯盛正徳さん
飯盛正徳さん
日々の管理 大切
  飯盛山主飯盛本店社長の飯盛正徳さん(47)は、近年の松食い虫被害に頭を痛めている。飯盛山には老木が多く、樹木の維持のための植え替えなどを行政の協力で進めている。
 さざえ堂は、良好な状態を保っているものの、木造のため日ごろからの管理が欠かせない。明治期に大掛かりに修理しているが、らせん構造のため建物のゆがみもあり「100年、200年後のために解体修理を行って保存していきたい」と話す。
飯盛山とさざえ堂 《mapクリックで詳細mapが表示されます》

白虎隊士の墓がある飯盛山の山腹にある「さざえ堂」 磐越道会津若松ICから南東へ車で15分。会津若松駅からバス鶴ケ城飯盛山線

  戊辰戦争の悲劇、白虎隊の自刃の地として全国に知られる飯盛山。さざえ堂や白虎隊19士の墓があり、今も観光客が手向ける線香の煙が絶えない。
 山は古くから旧正宗寺の境内で、霊地として人の集まる所だったという。白虎隊士も幼いころから慣れ親しんでいた場所で、飯盛山から鶴ケ城を望むことができることを知っていたため、戸ノ口原の戦いから撤退する際、同地を目指したといわれる。
 1884(明治17)年、自決した19士の墓が建てられ、後に自刃の地も整備された。ローマ市から贈られた白虎隊の武士道をたたえる碑や駐日ドイツ大使館の武官から贈られた鎮魂碑もあり、白虎隊の武士道精神が国際的に知られていることが分かる。毎年、春と秋の2回、白虎隊士を供養する墓前祭も開かれ、会津高剣舞委員会の生徒が伝統の剣舞を奉納している。
 さざえ堂は、正式には「円通三匝(さんそう)堂」という。高さ16.5メートル、6角3層のお堂で、約200年前の1796(寛政8)年に建立された。国指定重要文化財。
 上りと下りが別の通路になっている二重らせん式のスロープを持つ、世界的にも珍しい木造建築物。かつては堂内を巡るスロープに沿って33観音像が祭られ、庶民が簡単に拝観できるよう工夫された巡礼観音堂だった。観音像は明治の廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)に伴い撤去されたが、江戸時代の文化を示す貴重な建造物。
 

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