福島医大・竹之下誠一理事長に聞く 「まずは健康状態を把握」

 
たけのした・せいいち 鹿児島市出身。群馬大医学部卒。福島医大病院院長、福島医大副理事長、同器官制御外科学講座教授などを歴任。専門は消化器外科で、特に大腸がんに精通する。66歳。

 福島医大は、県民の健康寿命を延ばすことを目的の一つとして「健康増進センター」を昨年度に設置、新たな事業に着手した。竹之下誠一理事長・学長に県民の健康を守り、改善のために求められる取り組みなどについて聞いた。(聞き手 社長・編集主幹 五阿弥宏安)

 ―急性心筋梗塞や脳卒中による死亡率、喫煙率など、県民の健康指標は全国で最も悪い水準にある。震災後はこうした困難な状況に拍車が掛かっているとも指摘されている。
 「食塩摂取量が多いなど、従来からの食習慣が影響している。本県は以前から肥満率も高かった。こうした状況に震災と原発事故の影響が加わり、県民の健康に影を落としている。『福島は危ない』などと放射線量を巡って多様な意見が飛び交い、県民は以前はなかったストレスにさらされることにもなった。災害後の狭い仮設住宅での生活や、農業など体を動かす仕事をしていた人が仕事を失うなど、避難による生活習慣の変化や混乱を要因とする健康への影響も懸念される」

 客観データで自覚促す

 ―震災、原発事故から7年目となった今、求められる取り組みは何か。
 「まずは県民の健康指標の現状を知り、個人それぞれが自分の健康状態を認識する必要がある。健康に課題を抱える人が『あなたの悪玉コレステロールはこれだけある』とか『血圧がこれだけ高い』などと指摘される経験はあるだろうか。『自分の健康は危うい状態にある』という自覚があるかどうかで健康意識はまったく変わる。健康状態を客観的に認識することは重要だ。檜枝岐村は、NTTと協力して村民の毎日の歩数や血圧を測り、データを分析する事業に取り組んだ。歩くことは血圧を下げることにつながる。これがデータで実証されると、多くの村民が以前より歩くようになった」

 ―本人が自分の基本的なデータを知らなければ、改善のための活動にも取り組めないということですね。
 「行政や住民が一体となって行う健康改善の取り組みは、実施すれば成果が期待できる。『成功モデル』として、これまでの長野県の取り組みがある。福島医大の健康増進センターはまず県民の健康状態をデータベース化し、現状を把握することから始める。センターが行政に対する『調査研究機関』の役割を担い、檜枝岐村で実施したような健康改善のための事業を後押しする。県が主体となってモデル地区で健康改善の事業を行い、成果が出ればそれを県全体への施策にしていければいい」

 発症登録を導入

 ―厚生労働省の2015(平成27)年調査で、死亡率が男女とも全国ワースト1位だった急性心筋梗塞や、男性7位、女性5位と同様に深刻な状況だった脳梗塞など、具体的な対応は。
 「健康増進センターは、本県で特に多い心筋梗塞と脳梗塞について、県内医療機関と協力して『発症登録』を進める。死亡率ではなく、発症数で把握し、より正確に現状を認識した上で対策を講じていきたい。また、脳梗塞など脳の病気に対しては、関連する診療科を統合した『脳疾患センター』を付属病院に開設した。患者にとってどの診療科を受診すべきか迷わずに済むメリットがあり、早期治療につなげたい。認知症の早期診断や脳梗塞治療につながる再生医療などの先進医療も担い、県民の健康寿命の延伸につなげたい」

 ―県民の健康を考える上では、がん対策も重要だ。福島医大の取り組みは。
 「急性心筋梗塞などと比べ、県民のがん罹患(りかん)率は全国と比べて特別高いということはない。しかし、がんの早期発見、早期治療が大切なことに変わりはない。福島医大は外科的治療や化学療法、放射線治療に加え、先進的な免疫療法にも取り組み、患者に合った治療が行える拠点として機能していく」

 ―長く言われ続けている医師不足など、本県の医療体制の課題は県民の健康にも大きく影響している。医療人材の確保について伺いたい。
 「震災と原発事故以降、福島医大には県外から医師ら多くのスタッフが集まった。福島に人材を根付かせるための取り組みは重要で、医大に最新の医療機器を導入しているのは、県外で活躍する優秀な人材を呼び込むための受け皿を作るという意味もある。課題となっているのは、原発事故の避難区域が解除された双葉郡の医療だ。医大は今後も現地に医師を派遣するなど県と一緒になって支援を続ける」

 ―原発事故を受けて県民健康調査が始まり、調査を受ける県民の健康への意識も高まったのではないか。震災、原発事故は二度と起きてほしくない悲劇だが、起きてしまった以上、経験をプラスに変えていきたい。
 「必ずプラスにできる方法はある。また県民の健康を長期に見守り、科学的根拠に基づいた提言をすることも医大の新たな使命だ。県とも密接に連携し、10~15年先を見据え、健康指標の改善を図っていく」