糖尿病の運動療法~運動の種類、強度と時間、頻度が重要

 
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 みなさんの笑顔と元気をサポートする「健康ジャーナル」。うめつLS内科クリニックの
梅津啓孝先生が、糖尿病の運動療法についてお話くださいます。
糖尿病の運動療法~運動の種類、強度と時間、頻度が重要
うめつLS内科クリニック
院長

梅津 啓孝 先生
1982(昭和57)年に福島県立医科 大学を卒業。同大大学院卒業時、医学博士号取得。済生会福島総合病院内科科長、医療法人立谷病院副院長、公立藤田総合病院内科科長などを経て2005(平 成17)年、福島市にうめつLS内科クリニックを開院。日本糖尿病学会糖尿病専門医、日本内科学会総合内科専門医。
 
 今月は、運動療法について考えてみたいと思います。運動療法に関しては、1月号でも少し触れましたが、今回は、ご自分で継続可能な"運動"のイメージを描いていただければ幸いです。
 以前も述べましたように「健康寿命を延ばすこと!」が、生活習慣病予防・治療の目的です。そのためには、身体能力と認知能力を若々しい状態で維持するこ とが重要です。身体能力を大きく分けると、以下のようになります。(1)体を支持して柔軟に動かす能力(これには筋肉、骨、関節などが関連します)(2) 日常生活や複雑な動作を行う能力(これには運動神経、平衡感覚などが関連します)(3)運動を続ける能力(これには心臓や肺、血管などが関連します)
 運動療法を行う目的は、健康増進のため、肥満やメタボリックシンドローム治療のため、糖尿病治療のため、心臓病や脳血管障害などの疾患のリハビリテー ションのため、など様々です。そして、運動療法のプログラムは、治療の目的によって、全て異なります。今回は"糖尿病の治療を目的とした運動療法"につい てお話しいたします。

始める前にメディカルチェック

 糖尿病治療において運動療法の担う役割としては、(1)血糖、脂質などの代謝の改善(2)血圧に関連する心臓、血管の改善(3)筋力低下の予防(4)骨粗鬆症の予防(5)認知症予防(6)ストレスコントロールなどが挙げられます。
 糖尿病の患者さんが運動療法を安全に、効果的に実践するためには、運動療法開始前の"メディカルチェック"が特に重要です。糖尿病の状態によっては、不 適切な運動により、重症の健康被害が発生してしまうからです。まず、空腹時血糖が250㎎以上、食後血糖が350㎎以上、尿ケトン体が陽性の場合は、運動 療法は禁止です。この状態で運動すると、血糖はさらに上昇し、糖尿病は悪化してしまいます。経口血糖降下薬やインスリンにより血糖値を改善させてから運動 療法を始めてください。糖尿病の患者さんは自覚症状の乏しい狭心症などの虚血性心疾患を合併していることがあります。安静時の心電図や、運動中の心電図な どのチェックを受けてください。神経障害が進むと心筋梗塞を起こしていても気が付かない場合があります。また、手足の神経障害のために、運動しても痛みを 感じず、足底の魚の目(鶏眼、胼胝)や潰瘍が悪化する場合もあります。重症の眼底出血(増殖前網膜症、増殖網膜症)がある場合は、息をつめて重いものを持 ち上げるような運動は禁止です。腎臓が悪化している場合は、運動による尿蛋白の変化に注意が必要です。骨、関節に異常のある場合も、もちろん要注意です。

日常生活の動作すべてが「運動」

 運動の許可がおりたなら、いよいよ運動の開始です。どのような運動が良いのでしょうか。まず、意識していただきたいのは、日常生活のすべての動作は「運 動」で構成されているということです。1999年のサイエンス誌に、スポーツのような運動以外の身体活動が肥満悪化を抑制しているという報告がなされてい ます。日常生活での安静状態を短くして、なるべく階段を使う、通勤で遠回りの道を使う、買い物には歩いて行くようにするなど、日常の活動性を上げること が、実は一番重要なのです。これは、以前述べた厚生労働省の身体活動指針「プラス10」の方針でもあります。
 次に、時間をとって運動ができる場合についてお話しいたします。まず、"運動トレーニングによって起こる身体の変化"でご理解いただきたい原則が2つあ ります。第1に、身体の変化は、トレーニングによって刺激を与えた筋肉や心肺などの生体機能にしか起こらないこと。第2に、身体を変化させるためには、日 常生活よりも少し大きな負荷が必要だということです。大きな負荷をかけることによって、健康被害が生じることのないように注意を払わなければなりません。
有酸素運動とレジスタンス運動

 "糖尿病の代謝改善を目的とした運動"で重要なことは、(1)運動の種類(2)運動の強度と時間(3)運動の頻度です。まず、運動の種類には、有酸素運 動とレジスタンス運動があります。有酸素運動とは、運動している筋肉に酸素を十分に取り込む運動です。代表的な有酸素運動は歩行、ジョギング、自転車運 動、水泳などです。筋肉を収縮させるためには「アデノシン三リン酸(ATP)」という物質が必要です。有酸素運動を継続すると脂肪や炭水化物を利用して、 このATPを効率よく産生できるようになります。また、心臓や肺の機能が改善して、運動の持久力がついてきます。一方、レジスタンス運動とは、筋力を使っ ておもりを動かすなど、抵抗する力に対抗して動作を行う運動のことです。レジスタンス運動を続けると、筋肉でのインスリンの働きが改善し、血糖コントロー ルに良好な影響を及ぼします。レジスタンス運動では、臀部と脚部、胸部、肩、背部、上腕部、腹部のそれぞれの筋肉ごとに適切な運動を選択する必要がありま す。また、急激に強い負荷をかけると、血圧が上昇する場合や、一過性の高血糖が生じる場合があるので、適切な負荷の「運動処方」に基づいて運動してくださ い。

会話しながら続けられる程度で

 運動の強度と時間、頻度の設定に関しては、個人差が大きいので一概に述べることはできません。自分で分かりやすい運動強度の目安としては、自覚的運動強 度スケール(RPE)があります。これは、運動中に自分が感じる運動の強度で「まったく楽」が7点、「最高にきつい」が19点です。糖尿病で有酸素運動を 行う場合は「楽である」の9点から「ややきつい」の13点以下で、会話をしながら継続できる程度の強度が適当です。有酸素運動の継続時間は、1日30分程 度で、連続しても分割して運動しても、運動効果はほぼ同じと考えられています。軽い有酸素運動は、ほぼ毎日継続することが望まれます。一方、レジスタンス 運動は、強度にもよるのですが、運動後、筋群ごとに48時間程度の回復期間が必要なので、週2、3回の継続が望ましいとされています。有酸素運動とレジス タンス運動を融合させて、良好な血糖コントロールと、しっかりとした身体を目指してください。

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 次回は、健康診断などで示される検査値の理解の仕方に関してお話しいたします。
7月号より