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【守り紡ぐ・県警発足70年】交通事故起こさせない

06/25 12:25

交通畑を長く歩んだ国分さんは「死亡事故はまだまだ減らせる」と力を込める

 日本はかつて交通死亡事故が激増し「交通戦争」と呼ばれる状況だった。県内では1969年に、死者が統計開始以降で最多の398人となった。その後は徐々に減少し、2022年には47人と最少になったが、死者を一人でも減らすことは県警にとって不変の課題だ。

 人生変わった一人

 「交通事故は被害者側、加害者側両方の人生を変えてしまう。起こさせてはいけないんだ」。二本松署長の国分則之さん(59)の言葉は重い。国分さん自身、交通事故で人生が変わってしまった一人だ。

 郡山市ですし店を営んでいた父貞夫さんは国分さんが小学4年の時に酒酔い運転の車にはねられて亡くなった。37歳だった。

 「家族は幸せから、どん底に落ちた」。母が働きに出るようになったが、生活は苦しくなった。国分さんも自分で小遣いを稼ごうと、小学5年で新聞配達を始めた。50年たった今でも時々、配達している夢を見る。

 遺族と泣くことも

 長く交通畑を歩んできた。若い頃、交通事故の遺族から調書を取る時には一緒に泣いたこともある。警察官を志したのは父のことがきっかけではないし、交通畑に進もうと考えていた訳でもないが、「なるべくしてなったのかな」と思う。

 交通事故では、善良な人が少しの過失で命を奪ってしまうこともある。物損事故だって死亡事故とは紙一重だ。「事故でも事件でも、被害者を出さないために一生懸命に汗を流すのが警察官」。国分さんは語る。

 若い警察官も国分さんと同じ思いで職務に当たっている。交通機動隊福島分駐隊の巡査、猪又愛梨さん(22)は昨年、幼い頃からの夢だった白バイ隊員になった。交通違反の取り締まりをしていると、中には納得しない人もいる。そんな時、猪又さんは伝える。「事故に遭ってほしくないんですよ」

 その言葉は本心だ。振り出しの郡山北署で、悲惨な交通事故の現場に立ち会ってきた。血だらけで倒れている人や大きく割れた車のガラス、車が歩行者をはねる様子が映った防犯カメラの映像―。

 「ひいた人が亡くなってしまったら、(加害者は)それを背負って生きていくことになる。取り締まりがきっかけで運転を見直してもらえたら」。少しでも気持ちが伝わり、事故が一件でも少なくなることを願う。

交通機動隊福島分駐隊の巡査「事故に遭ってほしくない」―との思いで交通取り締まりに当たる猪又さん

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