落語では、八つぁん、熊さんなんて人たちが集まると、大概「おい、一杯やりたいね」「誰か金のあるやつはいないか」となる。働きもせず、すぐに他人の金で酒を飲もうとする
▼立川談志は落語の本質を「人間の業の肯定」と表現した。楽して遊んで、眠いときに寝る。庶民の願望や愚かさを笑い話にして認める落語の懐の深さに、本質を見いだそうとしたようだ
▼今年は「シャンソンの女王」と呼ばれた越路吹雪の生誕100年に当たる。あなたの燃える手で あたしを抱きしめて―という情熱的な歌詞で始まる「愛の讃歌」を歌い、シャンソンを国内に広めた
▼フランス滞在中に越路がつけていた日記がある。渡航後、早々とばくちで「スッテンテン。ああ面白かった」。別の日には同国を代表する歌手エディット・ピアフの歌を聴き、井の中の蛙(かわず)だったと悟る。「私には何もない」と泣いた(「夢の中に君がいる」講談社)
▼恋も数多く経験し、その時々の心模様で「愛の讃歌」の印象は変わったという。苦楽を受け入れ、円熟していった越路の生き方は、業の肯定の言葉が似合う。彼女のシャンソンが歌い継がれ、単調になりがちな日常に刺激を与えてくれる理由は、そこにある。