原発事故後初...飯舘で「酪農」再開 フェリスラテが乳牛を育成

 
育成のため運び入れられた乳牛の子牛=16日午後、飯舘村

 東京電力福島第1原発事故で生産休止に追い込まれた相双地方の酪農家が設立した会社「フェリスラテ」が16日、飯舘村で乳牛の子牛を成牛まで育てる「育成」事業を始めた。村内で大規模な酪農が営まれるのは原発事故後初めて。

 「村内で再び酪農をできて良かった。畜産の村の復興に少しでも役に立てば」。牛の鳴き声が聞こえる牛舎を背に、同社の田中一正社長(48)は感慨深げに話した。田中社長は原発事故前、同村で唯一の帰還困難区域の長泥地区で酪農を営んでおり、現在は福島市で避難生活を続ける。

 育成は、村振興公社が所有する同村草野の畜産技術センターを借り受けて行う。フェリスラテの「復興牧場」(福島市土船)で生まれたホルスタインの雌の子牛を搬入し、種付けを行った後、復興牧場に戻すという。年間200頭規模を見込んでいる。

 この日は生後約8カ月の子牛22頭を運び入れた。約千平方メートルの牛舎に次々と子牛を搬入し、村での育成が始まった。当面は田中社長が常駐し、軌道に乗れば若手や女性でも運営できるような仕組みを作る考えだ。

 「この牧場を次の世代に伝承させられれば本望」。田中社長の言葉に"畜産の村"伝承への決意がにじむ。

 同社はこれまで、北海道の施設に子牛を預託してきたが、全国からの牛の受け入れが増えるなどして徐々に環境が変化。牛への管理の目が行き届かないことへの影響を考えて、自社育成にかじを切った。運送費など費用削減だけではなく、品質の良い牛を育てることができれば牛の付加価値も高まり、充実した経営にもつながると期待する。

 畜産技術センターは原発事故前、ブランド牛「飯舘牛」の肥育施設で、村の畜産の象徴だった。将来的には県内酪農家の子牛だけでなく、和牛の繁殖や肥育も見据えているという。田中社長は「壮大な夢だが、(和牛の搬入は)地域の願い。実現させたい」と自らに言い聞かせた。