「戦争は繰り返してはならない」 亡き父に誓い、終戦から74年

 

 終戦から74年―。日中戦争で父慶一さん、太平洋戦争で叔父忠雄さんを亡くした耶麻遺族連合会長の橋谷田征喜さん(81)=西会津町=は15日、東京・日本武道館で行われた全国戦没者追悼式に出席し、福島県遺族を代表して献花した。妻初江さん(79)と一緒に式典に臨んだ橋谷田さんは「戦争は二度と繰り返してはならない」との強い思いを込めて献花台に花を手向けた。

 「出征を喜ぶで『征喜』」。橋谷田さんは父が出征した1937(昭和12)年9月13日に生まれた。慶一さんは長男を名付けただけでそのまま入隊。中国に渡り戦闘に参加したが、間もなく赤痢にかかり、現地で11月24日に亡くなった。25歳という若さだった。原因は「現地の水が合わなかった」と伝え聞く。「古里の水が飲みたかっただろう」。橋谷田さんは毎日、自宅の井戸水を仏壇に供え、お経を唱える。「父には一度も会ったことはない。でも父がいたから今の自分がいる。供養は私の務め」と手を合わせる。

 一方、志願兵だった忠雄さんは36年に入隊。41年から戦艦山城に乗艦した。山城は44年10月のフィリピン・レイテ沖海戦で米軍の魚雷を受けて沈没、忠雄さんも27歳で命を失った。当時7歳だった橋谷田さんは、戦死の知らせを受けた母と祖母が泣いていた姿を今でも覚えている。「残された者に一生、苦しみを与えるのが戦争だ」

 橋谷田さんは父と叔父の写真と戦歴をまとめた額を作り、自宅に飾った。「形に残さないと忘れられてしまう」と2人が生きた証しを子や孫に伝えてきた。

 現在は各遺族会の会員減少と高齢化が進み、戦争を知らない世代が増えた。「各地域の戦没者追悼式などに小、中学生が出席して遺族の話が聞ける機会をつくれれば」と考える。「戦禍の記憶を、次世代に伝える仕組みを残したい」