【アスリートの力】ケイリン・新田祐大 日本代表での最終地点

 
2度目の五輪出場を目指し、挑戦を続ける新田祐大(左)=14日、名古屋競輪場

 日本競輪界でトップレーサーの一人としての地位を確立する新田祐大(33)=会津若松市出身、白河高卒=は今、1年後に迫った東京五輪でのメダル獲得を目指して挑戦を続けている。

 14日の名古屋競輪場(名古屋市)。ファンに選ばれたトップ選手が集うオールスター競輪の「ドリームレース」に新田の姿があった。「精いっぱい力を出して、頂点に登り、感謝の思いを届けたい」。残り1周半の鐘が鳴ると、集団の中位から抜け出しスパートした。トップにはわずかに届かず3着。「狙っていたのは1番。負けた分は修正したい」。やるべきことをやれば勝てる、その自信が表情から読み取れた。

 今年、新田は競輪への出場機会を減らしてきた。視線の先にあるのは、東京だ。自転車のトラック種目「ケイリン」での出場を目指す。出場のためには、世界選手権など世界各地で行われるレースで、ランキングポイントを積み重ねる必要がある。今年2月にポーランドで行われた世界選手権では、世界の強豪を相手に最終周回で猛烈なまくりを見せ、銀メダルを獲得。国際自転車競技連合(UCI)のケイリン個人ランキングで1位に躍り出た。本業はもちろん競輪だ。しかし近くその主戦場をケイリンに移すつもりだ。「早めに五輪に集中する」。年齢的にもおそらく最後になるだろう2度目の五輪出場、そしてメダル獲得に懸ける思いは誰よりも強い。

 競輪とケイリン。自転車でトラックを走ることは一緒だが、別の種目だとも言われる。バンクの長さや傾斜、そしてレースの駆け引き。「一瞬のミスや展開の予想が勝敗につながる意識。違うルールで勝負どころも違う」。10年以上、代表として戦ってきた男はその違いにも慣れてきたという。

 初出場だった2012(平成24)年ロンドン五輪は、チームスプリント8位。4年後のリオデジャネイロ五輪では代表から落選。その年、自ら代表を務める自転車チーム「ドリームシーカー」を設立した。その設立会見で「東京五輪でメダル獲得を狙う。日本代表としての競技人生の最終地点だと思っている」と新田は語っていた。競輪界のトップを走り続けた男が、もう一つの頂点に突き進む。