福島市民に誇り...駅前発展『起爆剤』 ホテル辰巳屋・31日閉館

 
ホテル辰巳屋が入る辰巳屋ビルが建設される様子。利用者から愛され、時には政財界の「舞台裏」も担った=1973年8月

 31日で閉館するJR福島駅東口のホテル辰巳屋。1914(大正3)年開業の純和風旅館「辰巳屋旅館」から変身を遂げた近代的な都市型ホテルの姿は市民に誇りを与え、駅前発展の起爆剤となった。宿泊客や食事客、会議、婚礼利用者から愛されると同時に、時には政治家や経済人がお忍びで訪れ要談を交わす、政財界の「舞台裏」も担った。

 再開発の第1弾

 「福島市が近代化するための最初の扉をたたいたホテル」。76年から25年間にわたって福島商工会議所の専務理事を務め、2001年から2年間は辰巳屋の取締役会長を務めた小林忠道さん(88)=エフエム福島監査役=は辰巳屋の存在をそう表現する。

 同ホテルが入る「辰巳屋ビル」が完成したのは73年。県都にふさわしく活気ある福島駅前にするため、駅東口一帯を再開発する市の事業の第1弾だった。小林さんによると、辰巳屋旅館の常連客だった木村守江知事(当時)が仲介に立ち、同旅館を福島市で最初の都市型ホテルにし、大町に置いていた百貨店の中合を移転させて同じビルに入れる計画を取りまとめた。辰巳屋ビルと張り合うように、デパート山田、ツタヤ百貨店(コルニエツタヤ)などが次々と隣接して出店し、東口周辺はわずか数年で大きく発展した。

 再開発事業を経て駅前発展の先駆けとなったホテル辰巳屋は、約半世紀を経て再び再開発事業に協力する形となった。小林さんは「歴史を紡ぎ、たくさんの思い出が詰まった辰巳屋への哀惜を感じる。辰巳屋が福島市の近代化に貢献したように、あの場所がもう一度、県都にふさわしいものとして生まれ変わってほしい」と願う。

 眺望楽しみ食事

 「福島の顔である福島駅前に立地する老舗で、閉館は寂しい」。元福島市長の瀬戸孝則さん(72)は県議4期、市長3期を務め、中心市街地活性化に取り組んだだけにホテル辰巳屋への思いは強い。さまざまな会議で何度も足を運び、眺望を楽しみながら食事を取ったことも思い出だ。「辰巳屋を憧れの存在に感じた市民もきっと多いはず」と振り返る。

 「辰巳屋旅館」時代も含め、立地の良さから要人や政治家が利用した。県内各地から集う県議にとっては「定宿」。瀬戸さんは父の故孝一さんが県議だった昭和中期ごろは、辰巳屋旅館が会派人事などを話し合う場だったという。「政治の舞台としての一面もあった」。瀬戸さんは、役目を終えるホテル辰巳屋を惜しんだ。

 「里の湯」譲渡、20年春新装営業

 ホテル辰巳屋の系列旅館で福島市土湯温泉町の「辰巳屋山荘 里の湯」は、仙台市の冠婚葬祭業「清月記」が取得した。「土湯別邸 里の湯」に名称を変更し、改装工事のため来年2、3月に休業。同4月に営業を再開する予定。

 同旅館を運営していた不動産賃貸業の辰巳屋が、里の湯の土地や建物、営業権などを含む事業を分割して「K&Kリゾート」を設立。清月記の菅原裕典社長にK&K社を譲渡した。改装工事まで営業を継続し従業員約10人の雇用も引き継ぐ。