ご神体?焼けた状態の「石」発見! 高寺山遺跡、9世紀前後か

 
高寺山遺跡で見つかったご神体とみられる石。左奥が台となる石の一部で、右手前の石が載せられていたとみられる

 9世紀前半の山寺(山岳寺院)跡とみられる遺構が見つかった会津坂下町の高寺山(たかでらやま)遺跡で、神社などに安置されるご神体とみられる石が新たに見つかった。町教委が6日発表した。専門家は「神仏習合の当時の信仰を表すもので、山岳寺院を考える上で重要な発見」と評価する。

 見つかったのは、台となる80センチ×60センチ程度の石と、その上に載せられていたとみられる縦横30センチほどの小ぶりの石の一対。高温で焼け、割れてばらばらの状態になっていたのを町教委が一部復元した。

 石は高寺山にはない火山岩の流紋岩で、人為的に運ばれたとみられることや、焼けた状態などから町教委はご神体の可能性が高いと判断した。「自然崇拝など土着の宗教に、仏教や神道が合わさったのではないか」としている。

 発見されたのは、山寺の本堂があったとみられる遺構北部の平場。石は全て1カ所に集まっていて、焼いた後に供養のため埋められた可能性もある。一緒に出土した土器の年代から、8世紀末~9世紀前半ごろのものとみられている。

 宗教考古学専門の時枝務立正大教授によると、山岳寺院でご神体の石が見つかるのは珍しくないものの「9世紀前後で、焼けた状態で見つかった例は少ない」という。焼けているのは「本堂を建設する際の護摩で燃やされたのではないか」と推察する。
 町教委は「遺構の全体像は解明されておらず、今後の調査を検討したい」としている。

 高寺山遺跡の面積は約2ヘクタールで、町教委は昨年から発掘調査を行っている。これまで、古密教の祈祷(きとう)で利用される護摩壇の「修法壇(しゅほうだん)」や、祭事のために湧き水をためる堰(せき)、八角形の建物遺構や仏具の鉢などが見つかり、東北最古級の遺跡の可能性や、会津に仏教文化を興隆させた高僧徳一(とくいつ)との関連も指摘されている。