静岡おでん店主...常連客ら後押し再起決意 福島・放火事件延焼

 
開店時に客から寄贈された看板は奇跡的に残った。長谷川さんは「少しすすけている部分もあるが、それも店の歴史の一つになる日がくれば」と話す

 路地裏にたたずむ小さな飲食店。カウンターに座ると、店主夫婦と客の和やかなやり取りに思わず笑顔になる。そんな日常が突然、奪われた。8月29日に福島市陣場町で起きた放火事件で、飲食店「しぞ~かおでんお茶の間」が延焼被害で全焼。惨劇に見舞われた店主の長谷川秀樹さん(45)だったが、常連客らの支えで再起を目指す。

 店では福島市内では珍しい「静岡おでん」を扱っており、どこか自宅のような居心地の良さと、体も心も温かくなる料理や酒が楽しめると人気だった。

 「(容疑者が)踏み込んだら火を付ける、と言っている」。事件当日の午後1時ごろ、店で仕込みをしていた長谷川さんに、警察官から情報が伝えられた。その約3分後、爆音とともに隣の建物から出火した。事件では、長谷川さんの店の隣で、男が自宅兼店舗にガソリンのような液体をまいて火を付けたとして現行犯逮捕された。「もう少し時間があれば、持ち出したかった物もあったのに」と長谷川さんは悔しがる。

 持ち出したかった大切な物の一つに、開店以来13年間、ずっとつぎ足し続けたダシがある。同店の代名詞でもある静岡おでんのダシ。黒煙が上がり混乱する現場ではどうすることもできなかった。「あの味にはもう一生追い付けない」

 だが、落ち込む長谷川さん夫婦の周りに、友人や店のアルバイトの学生、常連客ら心強い「仲間」が集まってきた。ある人はすぐに移転先の店舗探しに走り、ある人は移転のための募金箱を作った。また、ある人は2人の心が下を向いてしまわぬようサポートした。周囲の応援の声を受けた長谷川さんは「できることをやらなくては」と事件から2日後には、同じ町内にある物件への移転を決意した。

 移転先が決まると、1日に6~10人の仲間たちが、新店舗の片付けなどをボランティアで行った。「1週間はかかると思っていた」という作業が2日で終了した。移転オープンは11月中旬ごろを目指し、準備を進めている。

 「思いがけない事件に巻き込まれてしまったが、助け合いや人の縁の大切さを感じた。本当にありがたい」と長谷川さん。郡山市出身で、福島市に根を下ろして15年がたち、「(多くの人に助けられ)自分も福島の人になったんだ」と実感した。

 多くの人に愛されてきた名物の静岡おでんのダシとともに、ゼロからの再出発。「たくさんの人に応援してもらっている分、これから返していくしかない」。失ったものは大きいが、恩返しの気持ちを原動力に前を向く。