遅咲き26歳、世界に挑む 陸上女子1万メートル・山ノ内みなみ

 
元市民ランナーから五輪を目指す山ノ内。世界陸上で成長の証しを見せる

 異色の長距離ランナーが世界に挑む。陸上女子1万メートルの山ノ内みなみ(26)=京セラ、郡山萌世高卒、郡山市出身。北京五輪男子マラソン日本代表でもある京セラ監督、佐藤敦之(41)=会津高卒、会津若松市出身=の直接指導を受け、めきめきと力をつけてきた。遅咲きの26歳。視線の先には五輪がある。

 「実業団で走りたい」。2017(平成29)年1月、山ノ内が書いた1通の手紙が運命を変えた。宛名は、古里の先輩である佐藤が監督を務める実業団の強豪だった。

 高校卒業後、市民ランナーとして福島県内外の大会で活躍を続けてきた。中学時代には全国の舞台でも活躍した逸材。その潜在能力を認められ、京セラに入社が決まったのはこの年の8月だった。しかし入社直後に左足を負傷し、約5カ月間も練習できない時期が続いた。復帰後、その才能が開花する。18年4月の織田記念国際5千メートルで日本選手トップの4位に入ると、初出場の日本選手権でも3位で表彰台に立つ。年末の記録会では1万メートルで自己ベストの31分16秒48をマーク、実業団入り後1年足らずで一躍女子の長距離戦線に名乗りを上げた。

 東京五輪を1年後に控えた6月の日本選手権。雨が降りしきる5千メートルのレースに、171センチの長身を揺らす山ノ内がいた。序盤こそ中位につけたが、中盤以降は後方に下がる苦しい展開。「ペースが上がった時についていけなかった。気持ちが切れる寸前だった」。17位に終わったレースを振り返る。好不調の波が大きいこと―それが課題だと自覚する。

 実業団に入って、何が変わったのか。山ノ内は「逃げないこと」を挙げる。入社後、練習を始めてわずか数日で「辞めたい」と佐藤に申し出た。練習がつらくて音を上げた。しかし佐藤から掛けられた言葉は「絶対にやり遂げろ」だった。「自分が弱くて怒っていたのではなく、すぐに逃げるところに怒っていたのだろう」と気付いた。逃げないでやり抜く、それが成長につながった。

 目標は東京五輪。「自分のような選手はいないと思う。代表はまだ決まっていない。切符をつかみ取りたい」。27日に開幕する世界陸上。その舞台で成長の証しを見せる。