生き残った白虎隊士、治療の近江屋跡に記念碑 喜多方・塩川

 
記念碑の除幕式に出席した一元さん(左)と一浩さん

 戊辰戦争で集団自刃した白虎隊士で唯一生き残った飯沼貞吉が手当てを受けた、喜多方市塩川町の近江屋跡(現・東邦銀行塩川支店)に記念碑が設置された。貞吉の孫一元さん(76)=東京都=ら会津藩士の子孫や研究者、関係者でつくる白虎隊の会が2日までに、記念碑を除幕した。

 同会によると1868(慶応4)年8月23日、貞吉は飯盛山で自刃したが、急所を外して気を失って倒れた。戦場に出た息子を捜していた会津藩武具役人の妻ハツが貞吉を見つけ、医者を求めて塩川に向かった。

 会津藩本陣の近江屋にたどり着き、翌日に地元の漢方医の手当てを受けたが傷は深く、回復の兆しはなかった。しかしその日の夕方、近江屋に長岡藩主牧野忠訓の一行が宿泊し、近代医術を身に付けた軍医が治療したことで一命を取り留めたという。

 一元さんは「もし、長岡藩主の一行が近江屋に泊まらなければ祖父は助からず、白虎隊自刃の真相も分からないままだっただろう。私もこの世に生まれていない」と貞吉ゆかりの地で思いをはせた。

 除幕式には一元さんと兄一浩さん(80)=栃木県=ら家族と、同会会津支部メンバー、地元関係者らが参加した。一元さんは「この場所は、祖父が息を吹き返した運命の場所。多くの皆さんの協力で記念碑ができた」と感謝した。

 同会メンバーらは同会理事で歴史家の石田明夫さん(62)の案内で、貞吉がその後、身を隠していた喜多方市岩月町入田付の不動堂など史跡を巡った。
 
 同会は2011(平成23)年から、白虎隊の歴史を後世に伝えるため、白虎隊士の生家跡などゆかりの場所に記念碑や説明板を設置している。近江屋跡で10基目となる。