川俣・前田遺跡で「柱穴200基」 最大60センチ、大型建物か

 
出土した木柱の一部(点線内)。一番大きなものは直径約60センチある

 縄文時代の装飾性の高い漆塗り製品などが出土した福島県川俣町の前田遺跡から、縄文時代後期末葉~晩期前葉(約3200~2800年前)の柱穴が約200基見つかったことが1日、分かった。一部の柱穴には柱が残っており、最も大きいものは直径約60センチあった。専門家は大型建物が立っていた可能性があるとみている。

 発掘している県文化振興財団によると、柱穴は東西40メートル、南北30メートルの範囲で分布。柱穴の大きさや間隔、配置などから掘立柱(ほったてばしら)建物跡やモニュメント状の木柱列の可能性があるという。現場を担当する中野幸大同財団文化財主査は、同時期の集落で掘立柱建物の遺構もある「宮畑遺跡」(福島市)との類似性を指摘する。

 縄文時代以降の森林資源の利用技術を専門とする首都大学東京の山田昌久教授は、柱穴から直径約60センチの丸太材が出土したことで通常の住居よりも大きい建物との見方を強める。「柱の状態を詳細に調査すれば、建物の種類や集落の性格などが分かるのでは」とした。

 発掘調査は昨年度から実施。縄文時代中期後葉(約4300年前)に火おこしで使われた国内最古の「火切り臼」や、保存状態の良い木製品や漆塗り製品など多種多様な遺物が出土する。

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